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西郷輝彦特集

実は「パソコンオタク」で知られる

西郷輝彦 “再注目”のキーワードは「ITオタク」と「護憲」

69歳のベテラン歌手・西郷輝彦が久々、注目を浴びている。キーワードは「IT」と「護憲」だ。 まず、ITから。西郷は25日放送の「バラいろダンディ」(TOKYO MX)で今話題の「ポケモンGO」に触れ、「昨日から始めました。ドードーを見つけました」とコメント。これについて、一部で「オジサンが無理しちゃって」「またまた便乗か」などの声が上がっているが、実はとんでもない誤…

南有二さん

あの人は今こうしている

ムード歌謡がヒット 歌手・南有二さんは今も現役で活動中

橋幸夫、西郷輝彦とともに“ご三家”と呼ばれた舟木一夫や、浅草、銀座の名門グランドキャバレーの専属バンドを経て、68年にコーラスバンド「ブルーシャンペン」を結成、リーダーとなった。 70年にバンド名を「南有二とフルセイルズ」に改め、7月、テイチクから「おんな占い」でレコードデビューした。 「僕らはフリーだったので、テイチクと交渉して宣伝部所属で月8万円の月給制社員に。…

終わったと思ったら、また歌番組の司会に

歌番組司会で引っ張りダコ 宮本隆治アナの“サバイバル術”

中学時代に西郷輝彦、舟木一夫、橋幸夫のモノマネをして以来、病みつきになり、NHKの採用試験では長谷川一夫のモノマネで面接官に大喝采を浴びたこともある。NHKで歌番組を担当するようになってからは前川清、五木ひろしなどのモノマネにも挑戦。特に前川のマネが得意で、かつて前川のコンサートではアンコールの際、前川に入れ替わって♪神戸~とやって客席に大受けしたこともあります」 …

紅白司会は6回担当

喜怒哀楽のサラリーマン時代

宮本隆治さん 西郷輝彦さんの至言が退職の決め手に

ハハハ」 これより少し前、知人の西郷輝彦からもらったアドバイスにも大きく影響を受けた。宮本さんは中学生時代に、友人から「西郷輝彦の声に似てる」と言われ、以来、西郷のものまねが得意になった。NHKのアナウンサー試験でも声帯模写を披露した経緯がある。その西郷と鹿児島での仕事の帰りに、乗り合わせたタクシーの中での出来事だ。 「そのころ、すでに定年を意識していまして、NHK…

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流されゆく日々

連載10031回 CMソングからの旅立ち

クラウンも苦しい時期があったが、西郷輝彦の『君だけを』とか、守屋浩の『僕は泣いちっち』とか、水前寺清子などが大当りして、地方のレコード屋さんがリュックを背おって会社に直接、商品を仕入れに押しかけるというラッキーなできごとが続いて、どうやら軌道に乗った感じだった。 大阪労音のミュージカルの中から、『傷だらけのギター』がレコードになったのもその頃である。歌い手はアイ・ジ…

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流されゆく日々

連載10026回 旅の始めはCMソング

水前寺清子や、小林旭や、北島三郎や、西郷輝彦、守屋浩などスター歌手の姿も見えた。はなやかでエネルギーにみちた世界だった。 それにくらべると、学芸・教育の部屋はひっそりした感じで、教室みたいな静かさだった。眞理ヨシコさんや、往年の大スター童謡歌手の河村順子さん、オペラ歌手やピアノ演奏家、教育大、芸大の先生方といった知的な来訪者が多く、いささか拍子抜けのする雰囲気だった…

三遊亭小遊三とは無二の親友

野球に食文化もちろん落語も

小遊三と「レッド・スネーク・カモン」のネタ披露

小遊三がショパンさんの役で、俺はテーブルの下に隠れてヘビを操る役なんで大変だったよ」 2人にはご三家(橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦)の青春歌謡をアカペラで歌いまくる隠し芸もある。ヒットメドレーが延々と続くのだ。私は何度か見たことがあるが、前奏と間奏までアカペラでやるのが面白く、つい聞き入ってしまう。 「あれは行きつけのスナックでやった宴会芸で、30分は楽に歌えるよ。た…

長かった下積み時代を経てスターダムへ

その日その瞬間

高山厳さん 工場バイトをしながら掴んだ16年目のチャンス

三橋美智也さんや村田英雄さんら大御所、初代ご三家の橋幸夫さん、舟木一夫さん、西郷輝彦さん……。すごく喜んでくれたなあ。朴訥で、おいしい煮魚を作ってくれたりもする母の笑顔を見るのがうれしくて、時間の経つのを忘れて歌ったものです。 長い下積みの時、励みになったのはお客さんの笑顔です。その奥に母の笑顔を見いだして歌い続けてきたし、そんな僕を嫁も応援してくれました。 あの時…

司忍6代目山口組組長

新・政官業研究「警察vs山口組」編

「政官業暴」を象徴した結婚披露宴

披露宴の来賓の名前をざっと挙げると、政界からは元神戸市長の中井のほか、大阪出身代議士の中山正暉や兵庫の石井一、芸能界では梅田コマ劇場から舞台衣装のまま大村崑、西郷輝彦が馳せ参じ、鶴田浩二、高倉健、富司純子、清川虹子、勝新太郎と中村玉緖の夫婦、梅宮辰夫、伴淳三郎、五木ひろしなども列席。さらには財界から東急電鉄社長の五島昇や三菱倉庫社長の松村正直といった顔触れもあった…

俳優の内藤剛志(左)と北大路欣也

今あるのはあの人のおかげ

内藤剛志の“気合”受け止めた 北大路欣也の意外な世話好き

そうしたら、「みんなあることだから、気にすんなよ」と北大路さん、そして一緒にいらした西郷輝彦さんにおっしゃっていただいて。その一言でホッとすることができました。 北大路さんには一生頭が上がりません。…

辺見マリと両親

辺見マリ「半生」を語る

貯金した分は“なかったもの”とする堅実派だったのに

西郷輝彦さんと離婚して、芸能界に復帰した頃に話を戻します。 当時、金銭的にいえば、急いで働かなくても大丈夫なくらいの蓄えはありました。それでもすぐ働き始めた理由は、私の金銭感覚が大きかったと思います。 デビュー時の「歌手・辺見マリ」は、セクシーで派手なイメージがあったかもしれません。ところが、もともとの私は、「石橋を叩いて叩いて、それでも渡らない」というくらい堅実な…

2度の結婚・離婚を経験している

辺見マリ「半生」を語る

身も心もボロボロになっていた時に“2度目の出会い”

1度目のお相手は西郷輝彦さん。芸能人同士ということもあって記事にもなりましたが、2度目の結婚については知らない方も多いかもしれません。 西郷さんと離婚して芸能界の仕事に復帰したのですが、ほどなくある「トラブル」に巻き込まれてしまいます。 占い師というか、拝み屋のグループに取り込まれてしまったのです。自業自得とはいえ、マインドコントロールされたような状態が続き、全財産…

最後の仕事は1971年大晦日のショーだった

辺見マリ「半生」を語る

21歳 世間に秘密でやっちゃった西郷さんとの結婚

私がデビューする以前からトップスターだった西郷輝彦さんとの結婚は、本当に大変でした。世間には秘密でやっちゃったんですから(笑い)。 ■芸能界に執着はなかった 私は21歳。結婚はまだ早いんじゃないかという声もありましたが、さほど悩むことなく、すぐに決断しました。理由は単純で「好きな人ができてしまった」から。 結婚して家庭に入ることは昔からの夢でしたし、「30歳くらいま…

辺見マリ「半生」を語る

レコード会社の会議でようやく決まったデビュー

ちょうどそんな時に出会って恋をしたのが、西郷輝彦さんでした。…

辺見マリ

辺見マリ「半生」を語る

壮絶“洗脳話”が大反響 今なぜ私は話すのか

芸能界デビューから、西郷輝彦さんとの結婚と芸能界引退。離婚と2度目の結婚と離婚。シングルマザーとしての子育て、両親の介護――。 この連載では、私がこれまでの人生で経験してきた成功も失敗も、幸せも挫折も、できる限り正直にお話ししたいと思います。そうすることで、みなさんの人生を応援することができれば、こんなうれしいことはありません。(つづく)…

生前の山田五十鈴さんとのツーショット写真(左)

今あるのはあの人のおかげ

松井誠を支えた大女優・山田五十鈴との濃密な“親子関係”

母上には芸能界の養子会というのがあって市村正親さん、西郷輝彦さん、十朱幸代さん、萬田久子さんとかそうそうたる方々が養子になっているのですが、「マコちゃん、末っ子になってくれる?」と言ってくださった。私はありがたくお受けしました。それからはもう「母上、母上」です。 ■病院で弾いていた三味線は宝物 養子会にはノートがあって最後のページに「偉大なる母上様、末っ子松井誠」と…

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