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「落合博満 バット」に関する記事

松井秀喜(左)も全幅の信頼をおいていた

あの人は今こうしている

麺棒も自分で “バット名職人”久保田五十一さんがそば打ちに

山本浩二、落合博満、ランディ・バース、イチロー、松井秀喜、小久保裕紀など名だたる超一流スラッガー御用達のバット職人がいた。03年に厚労省「現代の名工」に選ばれ、05年には黄綬褒章を受章した“バット作りの名人”久保田五十一さん(72歳)だ。去年4月10日にミズノテクニクスを退職した名人、今どうしているのか。 「この麺棒、私が削りました。使いやすい、と相棒も気に入ってく…

金本監督は現役時代、ウエートトレで結果

金本阪神キャンプ「ウエートトレ」強制に専門家が疑問符

大手声優事務所青二プロ所属

あの落合GMジュニアも成長 フクシくんの“ヤンチャ伝説”

中日ドラゴンズ・落合博満GMの息子・福嗣(28)が21日、東京・秋葉原で行われたニンテンドー3DS専用ソフト「プロ野球 ファミスタ リターンズ」の発売記念イベントに登場。ゲーム内のオリジナルチーム“ナムコスターズ”への入団トライアウトという設定で、185センチの巨体を“ナムコスターズ”の赤いユニホームに包み、ファミスタのピッチャーが投げる120キロの球に挑戦した。 …

夢を壊して悪いけど、と…

マスク越しに見た珍プレー好プレー

あのセンバツから30年後に聞いた江川の告白

同年代で投の怪物がこの江川なら、打の怪物は2歳上の落合博満さん(現中日GM)じゃね。ロッテからトレードで中日に移籍された87年から、我が広島の最大のライバルになった。前人未到の3度の三冠王を獲得した大打者。技術も読みも群を抜いていた。とにかくボール球にも手を出さんし、捕手からすればこれほど厄介な打者はおらんかった。ワシが論評するのもおこがましいが、ひとつだけ言わせ…

驚異の本塁打率を誇る

プロ野球人物研究 対岸のヤジ

中村剛也 ライオンズ伝統のデブスラッガー

名球会発起人の金田正一にも劣らない大物OBが理想的だから、天下の王貞治にお願いしたいところだが、対カネやんなら彼の天敵(?)落合博満がおもしろい。お腹も出ていたし。 けど、やらないだろうなあ、あの人。 ▽やまだ・たかみち 1976年、大阪生まれ。早大卒。「虎がにじんだ夕暮れ」などの小説を執筆する他、プロ野球ファンが高じて「粘着!プロ野球むしかえしニュース」などの野球…

今季は三振も180ペース

「パの打点記録」射程圏も…西武・中村の課題は三振減にあり

このアンバランスを解消できれば85年に落合博満(ロッテ)が樹立したパ・リーグ記録の146打点は楽に破れるのだが……。 ▽小野俊哉 1961年岡山出身。スポーツ・アクセス㈲取締役社長。早大理工学部卒、味の素、住友金属工業を経て、03年同社設立。プロ野球、メジャーリーグの記録を分析、評論し各メディアやメジャー球団に情報を提供している。…

独特の練習法

野球IQは高いんです

落合さんから受けた珍マンツーマン打撃指導

一塁の落合博満さんです。送球が少し横にそれたことが不満だったようで、まだ起き上がらないうちに強烈なボール回しの球が返ってきました。 自分としては目いっぱいのプレーです。少しくらい送球が乱れるのは大目に見て下さいよ、とは思いましたが、こうした厳しさが僕を成長させてくれたのも事実です。 二遊間でコンビを組むことが多かった、川相昌弘現巨人ヘッドコーチもそうでした。普段は…

93年オフ、FAで長嶋巨人に入団した落合選手

野球IQは高いんです

大物FA選手落合さんのお世話ががりに

現中日GMの落合博満さんです。当時でもプロ16年目・40歳の大ベテラン。ようやく一軍に定着した入団4年目・22歳の僕など小僧っ子です。 すぐに僕が落合さんの「お世話係」を務めることになりました。一軍には3歳年下でまだ19歳の松井秀喜もいましたが、こういう役目はいつも僕に回ってくるのです。 シーズン中は、球場に着いたらすぐに落合さんのバットとグラブをベンチの所定の位置…

30本打っても…/(C)日刊ゲンダイ

熾烈な争い続くも…三振数も激増している「本塁打王」の価値

三冠王に輝いたバース(元阪神)、落合博満氏(現中日GM)は当然ながら、一本足打法で計15度の本塁打王に輝いた王貞治氏(現ソフトバンク会長)も1シーズン101三振(60年)が最多。「ミスター赤ヘル」と呼ばれた元広島の山本浩二氏(現野球評論家)は4度の本塁打王に輝きながら、三振数は最多でも70年の77三振に過ぎない。 例外は93年に42本塁打ながら、シーズン最多三振の…

宿敵/(C)日刊ゲンダイ

DeNA中畑監督が“敵視”する中日・落合GMとの長い確執

そんな中、入会拒否というか、無関心だったのが中日・落合博満(現中日GM)だった。中畑と落合は同学年。中畑会長は落合を必死に口説いたが、返事はこんなものだったという。 「選手は個人事業主。自分の力でカネを稼げばいい」 バット1本で3度の三冠王になった、いかにも“オレ流”らしい考え方だ。中畑会長は引き下がらざるを得なかった。 ■真っ先にFA宣言 それから8年後の199…

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