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「武田信玄 織田信長」に関する記事

海道龍太朗氏

著者インタビュー

「室町耽美抄 花鏡」海道龍一朗氏

武田信玄や織田信長など、何を成し、どんな顔をしていて、どんな甲冑を身につけていたかまでが頭に浮かぶ時代小説のスターは数多い。それでは、足利義満はどうでしょうか。この人ほど業績と知名度が見合わない人はいません。これは室町時代全体にも言えることで、その背景には明治維新という大きな出来事が作用しているんです」 天皇を中心とした国づくりを目指した明治政府にとって、後醍醐天皇…

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日本史再見 英雄になれなかった男

死因は脳溢血 49歳で死んだ上杉謙信の無念

しかし同時に、謙信は武田信玄、今川義元、北条氏康の三国同盟を敵に回すことに。彼は上洛に費やすべき時期に、武田や北条との戦に明け暮れたのです。 彼の強さを物語るのが永禄3年の小田原進攻作戦でした。謙信は近衛前久を関東公方にするとの大義名分から、関八州の豪族に北条を討伐するよう呼びかけ、小田原に向かいました。「越後の謙信が来る」との知らせを受け、安房(現・千葉県南部)…

イラスト・小川純菜

失敗と成功の日本史

石坂浩二も共感? 信長に利用されただけで終わった足利義昭

彼は武田信玄や上杉謙信に、密かに「御内書」(将軍の私的書簡)を発し、「信長を倒せ」と命じます。 その結果、本願寺11世の顕如までもが、門徒を糾合、畿内の三好三人衆と手を組むありさま。こうして各地の一向一揆、武田信玄、毛利輝元などによる「信長包囲網」がつくられました。 ところが元亀4(1573)年4月、信玄が急死します。義昭は宇治の槇島で挙兵したものの、腹心の細川藤孝…

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戦国武将サバイバル術

【上杉謙信編】時代は変われど「健康第一」は働く者の鉄則

川中島の合戦では武田信玄と戦ったことで知られる上杉謙信。“越後の龍”という異名を持ち、また義侠の数々の逸話を持つ謙信ですが、本日は反面教師として学んで参ります。 越後守護代・長尾為景の次男として生まれ、幼少の頃は林泉寺に入り、修行をしていたとされます。しかし、父の死後、家督を継いだ兄に越後をまとめる才覚はなく、景虎(謙信)が15歳で初陣を飾り、その後も近辺の反乱を鎮…

イラスト・若生圭汰

日本史再見 英雄になれなかった男

父・信玄を意識し過ぎて墓穴を掘った武田勝頼の顛末

戦国武将を集めて、最強の軍団を推薦させたら、8割程が武田信玄率いる、甲州(現・山梨県)の騎馬軍団と答えたでしょう。それほど武田の強さは、広く知れ渡っていました。 その信玄の後継者が四男の勝頼。NHK大河ドラマ「真田丸」で平岳大さん扮する勝頼は、思いやりのある好人物として描かれていましたが、彼の代で武田家は滅びました。 信玄の子のうち嫡男の義信など男子3人は正室の子で…

イラスト・八木幸恵

失敗と成功の日本史

お家騒動は時代を超えて…名家を潰した“浅井久政の大罪”

天正元(1573)年、武田信玄が急死し、浅井・朝倉両家を滅ぼすつもりで、信長は出陣。8月、救援のため駆けつけた朝倉義景の軍勢を撃退した信長は、そのまま越前へ乱入。義景はついに自刃。享年41でした。 残る浅井氏――8月26日、信長は越前から近江虎御前山へと転戦、小谷城を包囲します。 信長は、長政のいる本郭と、父・久政の守る郭との間=「京極郭」を占拠し、父子の連絡を遮…

スグレモノ本舗

【甲冑パンツ軍師編】身も心も引き締まる一枚

これまでは、織田信長や武田信玄など大将をモチーフにしていたが、今回は「竹中半兵衛」「黒田官兵衛(写真)」「山本勘助」と3人の名軍師がラインアップ。それぞれ実際の甲冑をイメージしたデザインが、シルクスクリーンで印刷されている。 一見、暑そうだが、医療用包帯の布地をベースに開発された新素材を用いているので通気性抜群。ぴったりフィットしつつ圧迫感がないので、これなら楽に…

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