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「井上陽水 バンド」に関する記事

田中裕二さん(ジャケット写真は最前列が本人)

あの人は今こうしている

「安全地帯」元ドラム田中裕二さん 今はカフェ経営に情熱

一番大きなトロフィーは85年、NHK紅白に初出場した記念で、ボクらは『悲しみにさよなら』を歌い、相手は松田聖子さんでした」 ■井上陽水のバックバンドに抜擢で「あれよあれよ」 さて、北海道旭川出身の田中さんは、別のバンドのドラマーとして活動していたが、同じ旭川生まれの玉置浩二の熱心な誘いを受けて、77年、「安全地帯」に参加。一時、家業の自動車整備工場を継ぐために旭川に…

レベッカは懐メロ枠?

レベッカ内定情報も…懐メロに“目玉”頼るNHK紅白の苦境

もう残っている紅白未出場の目玉歌手は、ずっとオファーを断られ続けている井上陽水や松山千春、竹内まりやぐらいしかいないでしょう。しかし、竹内は夫の山下達郎がどうしてもクビをタテに振らない。結果、“昔の名前”のバンドや歌手に頼るしかない」(あるプロデューサー) 紅白といえば、離婚騒動の渦中にある高橋ジョージがNHKドラマで演じた「たどころ晋也」名義でCDデビュー。 紅白…

ロックンローラー風にキメた木村みのるさん

あの人は今こうしている

GS「オリーブ」の木村みのるさん 今も仙台で生ドラム披露

また、3枚目のシングル「カム・オン」のカップリング曲「愛ある国へ」はホリプロ所属だった井上陽水が初めて外部に提供した楽曲だった。 「この時の陽水さんのペンネームは作家の北杜夫さんにあやかった『南杜夫』。いまや幻の名前でしょう。ちなみにその頃の陽水さんの芸名は『アンドレ・カンドレ』で、ボクら、アンドレって呼んでました」 71年には「マミー・ブルー」がヒット。しかし、す…

上田正樹(左)

ドロップアウトから始まった ライフ&ライブ

結成と解散繰り返しサウス・トゥ・サウスができた

でも、中西はサウスに入ってすぐに売れっ子ミュージシャンになって、サウスをやりながら、井上陽水らギャラの高いミュージシャンの仕事で稼ぎまくってた。 もっとも、そのギャラは、サウスのメンバーたちが毎晩やるポーカーで、全部巻き上げられていたんとちゃうかな(笑い)。 ギャンブルの話になると長くなるから、それは次回に。 (構成・出町柳次)…

ディスクガレージの中西健夫社長

語り部の経営者たち

ディスクガレージ中西健夫社長 レコード店バイトが転機

そこで、ディスクガレージが請け負ったのが当時、ユイ音楽工房やフォーライフに所属していた、吉田拓郎、井上陽水といったミュージシャンのライブ運営だった。 「井上陽水さんの歌を聴いた途端、この人と同じ土俵で勝負するなんて、オレは無謀だったと恥ずかしくなりました」 中西はミュージシャンをあきらめて、裏方に回ることにした。憧れていたミュージシャンのライブをやってみたくなり、直…

上田正樹

ドロップアウトから始まった ライフ&ライブ

大ヒット「悲しい色やね」が代表曲といわれるのは…

どうやっても、井上陽水や小椋佳と同じステージには立てないって自覚してたから。それでも、給料はもらっていたから事務所もよく我慢したと思う。キティには92年まで在籍しました。 自分の中で完全に行き詰まってしまったけど、それを救ってくれたのが海外のアーティストたちです。ロスで開かれた世界音楽祭に出て、ベスト・パフォーマンス賞とベスト・コンポーザー賞を受賞。B・B・キングと…

デビューは昭和43年だった

あの人は今こうしている

「小さなスナック」今井久 陽水や徳永のバックで活躍中

今はパープル・シャドウズの活動のほか、ハワイアン出身なんでハワイアンのライブに立ったり、ウクレレやスチールギターを教えたり、ギタリストとして井上陽水や徳永英明のレコーディングのバックで弾いたりもしています」 ■CM作曲家としても活動 作曲家としてCMソングを100曲ほど手がけてもいるとか。 「いつの間にか月日が経っちゃった、って感じですねえ。他のメンバー?『小さなス…

称賛するわけにはいかないが…

プレイバック芸能スキャンダル史

「芸能界大麻汚染」でひとり黙秘貫いたジョー山中の“男気”

山中に続いて井上陽水、内田裕也、研ナオコ、内藤やす子、錦野旦、美川憲一が捕まり、検挙された芸能関係者は70人に達した。 「佐世保コネクションと東京コネクションの2つのルートがあって、佐世保の方は5年前に運送会社の社員から400グラムの大麻を譲り受けた山中がバンドや芸能界の仲間と使用。九州に行けば大麻が吸えると評判になっていた」(元社会部記者) 佐世保ルートで逮捕され…

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