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山城新伍に関する記事

絵本の読み語りをする高見知佳さん

あの人は今こうしている

80年代アイドル高見知佳さん 家族のため沖縄と愛媛を往復

山城新伍さん、川島なお美さん、青島幸男さん……素晴らしい方たちと共演させていただきました。かわいがってくださった方たちが亡くなると、本当に胸が痛い。『ああ、いい時代だった昭和が終わる』と思います。当時を思い出すと、夢の中の出来事だったようにも思いますね」 華やかな芸能界に戻りたいとは思わない? 「芸能界は懐かしくもあり、たまに当時の自分をテレビで見ると照れくさく…

“毒舌漫才”のアイデアは女性誌から

今あるのはあの人のおかげ

毒舌路線に逡巡…春やすこの背中押したじゅん師匠の一言

山城新伍さん司会の「笑アップ歌謡大作戦」(テレビ朝日系)のレギュラーをはじめ、テレビで見ん日はないんちゃうかってぐらい売れっ子やったから、そう言うてもらえるだけで、メッチャ気が楽になりました。 ちょうどそこへ漫才ブーム。私らもB&Bさん、紳助・竜介さんらと一緒に東京進出して、2年余り頑張らせてもらいました。 角座の楽屋で「それオモロイんちゃうか?」って師匠が言うてく…

前夫との別居中も男を泊めていた宮沢りえ

芸能界クロスロード

若手俳優に続き 宮沢りえにとって森田剛も“芸の肥やし”か

故・山城新伍さんの言葉を思い出す。「撮られたら芸能人の負け」。今の芸能人にこの意識があるかどうかは別にして、旅行は「熱愛」をさらに決定的なものにする。それでも旅行するのは芸能人にも事情もあると旧知のタレントから聞いたことがある。 「芸能人は顔バレしているから、不自由な恋愛を強いられる。不自由から解放されるのはやはり旅行。恋愛中は多忙なスケジュールを調整して、たとえ…

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ビジネスに使えるスターたちの処世術

渡瀬恒彦編 山城新伍さんとの子どもじみた口げんかに活躍する秘訣

京都・東映撮影所で映画に出ていた時、故・山城新伍さんも出ていて、2人がメーク室で“言い合い”をしているシーンに出くわした。見ようによってはケンカでもしているのではないかという状況だが、事務所関係者によれば、「違うメーカーの同様の商品を使用していて、それを自慢し合っているところ」だったらしい。そんなことでムキになって話せるのは、2人ともまるで子ども同然だからだろう。先…

しゃべりをなりわいとする者なら批判や批評は当たり前

喜怒哀楽のサラリーマン時代

吉田照美さん 反体制発言は番組終了と関係ないと思う

「亡くなった山城新伍さんが、〈組織と書いて、カラクリと読む〉と言ってました。組織は厄介だけど、どこも似たり寄ったり。思い起こせば、口下手な僕がアナウンサーになり、一丁前になるためTBSの小島一慶さんのしゃべりを必死に真似たもんです。局の先輩の落合恵子さんの番組に出させてもらった若手の頃は、泊まり明けの朝に仲のいい先輩の梶原しげるさんと一緒に日活ロマンポルノを見に行…

浜田雅功

今週グサッときた名言珍言

「自分が笑えないんで。もっと、いかないと!」by 浜田雅功

解答席の机の上にヤンキー座りになって関口宏にメンチを切り、山城新伍の胸ぐらをつかんで威嚇したのだ。 「テレビ見てる人の意識を、なんとかこっちに向かしたかったんですよ」(ワニブックス「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!〈6〉軌跡」03年10月発売) そう浜田は回想している。さらに「『なんや、あいつら』っていうイメージつけといて、そんで、いざしゃべらしたら、松本…

梅宮辰夫の「体モノマネ」が代名詞に

ロバート秋山が語る “体モノマネ”梅宮辰夫との関係

山城新伍さんにふすまの裏からヤリで突き刺されていて、腹からヤリが突き出ていたのはショッキングでした。その映画の主演が梅宮さんだったんです。ここで梅宮さんとつながったんだ、というのがうれしかったですね(笑い)。 親父は僕が芸人になりたての頃はご意見番のように「オレも芸能界にちょっとだけ入っててな……」とか言ってましたけど、今や堂々と息子を利用してますよ。門司港の船上レ…

清水善三さんは錦織の活躍に期待

あの人は今こうしている

元「欽ちゃんバンド」清水善三さんは愛媛県でテニスコーチに

それ以降も苦労らしい苦労をした記憶がなく、『欽ちゃんの週刊欽曜日』のオーディションも北大路欣也さんや山城新伍さんたちと共演してた時代劇『暁に斬る!』のロケ中で、着替える時間がなく、カツラに着流しで会場に駆け付けたところ、欽ちゃんが大笑いして、“キミは帰っていい。合格!”でしたから」 同番組では佐藤B作、小西博之、風見しんご、清水由貴子らと「欽ちゃんバンド」を結成。清…

ヤクザ社会の虚実皮膜と芸能界

また、古き良き時代の芸能人との交流についてもつづられていて、山城新伍や菅原文太との酒席でのエピソードなども紹介されている。 どこの世界も“真実”は映画や漫画のように劇的ではないことがよくわかる。…

(写真左)右から梅宮辰夫、内藤監督、菅原文太

今あるのはあの人のおかげ

「不良番長」内藤誠監督が語る俳優・梅宮辰夫との濃密な現場

「仁義なき戦い」シリーズが始まると、辰ちゃんは山城新伍、安岡力也たちとともに京都に行ってしまい、僕は東京で新人女優を見つけて、「番格ロック」などのスケバンものを撮るようになった。 高いギャラの辰ちゃんがちょっと遠い存在になってしまいましたけど、東映を離れて「時の娘」(80年)を撮るときも出てくれて、前作の「明日泣く」(11年)なんて「そんなギャラだったら、いらない…

97年日本シリーズでの姿/(C)日刊ゲンダイ

五木ひろしの“生みの親” 直木賞作家・山口洋子さん死去

東映第4期ニューフェース(同期には山城新伍、室田日出男、佐久間良子ら)出身だが、女優には早々に見切りをつけて、56年に19歳で銀座にクラブ「姫」をオープン。当時の銀座は小説「夜の蝶」のモデルとされる「おそめ」や「エスポワール」など重厚な雰囲気のクラブが多かった中で、「姫」はニューウエーブで客層も比較的若かったという。 常連客にはプロレスラーの力道山や勝新太郎、石原裕…

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