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「武田信玄 家臣」に関する記事

武田信玄像

戦国武将サバイバル術

【武田信玄】ライバルだけを意識していると本来の目的を見失う

前回、上杉謙信をご紹介いたしましたが、その好敵手であったのが武田信玄。謙信は信玄の死を知らされたとき、持っていた箸をバッタと落とし「アァ、惜しい好敵手を失った」と言ったといいます。本日は、信玄からライバルとの付き合い方について学んでまいりましょう。 日刊ゲンダイの名物コラム、五木寛之氏の「流されゆく日々」でも書かれていましたが、作家の故・野坂昭如氏は、かつて五木氏と…

家康は苦労人だった

戦国武将サバイバル術

【徳川家康編】発想の転換で待ちの家康のごとく後日に備えよ

元亀3(1572)年、遠江国にて、家康と武田信玄の戦い、世にいう三方ケ原の戦いがございました。 風林火山の旗を押し立て、都へ馳せのぼらんとする武田信玄。浜松では家康が戦いに備え、同盟を結んでいる信長に援軍を頼みます。ところが信長の返事は「NO」。さらに信玄は浜松の家康を無視して、他の道を行こうとします。 当時、家康は血気盛んな31歳。「されば出陣じゃ!」と挑みます…

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日本史再見 英雄になれなかった男

死因は脳溢血 49歳で死んだ上杉謙信の無念

しかし同時に、謙信は武田信玄、今川義元、北条氏康の三国同盟を敵に回すことに。彼は上洛に費やすべき時期に、武田や北条との戦に明け暮れたのです。 彼の強さを物語るのが永禄3年の小田原進攻作戦でした。謙信は近衛前久を関東公方にするとの大義名分から、関八州の豪族に北条を討伐するよう呼びかけ、小田原に向かいました。「越後の謙信が来る」との知らせを受け、安房(現・千葉県南部)…

イラスト・若生圭汰

日本史再見 英雄になれなかった男

父・信玄を意識し過ぎて墓穴を掘った武田勝頼の顛末

戦国武将を集めて、最強の軍団を推薦させたら、8割程が武田信玄率いる、甲州(現・山梨県)の騎馬軍団と答えたでしょう。それほど武田の強さは、広く知れ渡っていました。 その信玄の後継者が四男の勝頼。NHK大河ドラマ「真田丸」で平岳大さん扮する勝頼は、思いやりのある好人物として描かれていましたが、彼の代で武田家は滅びました。 信玄の子のうち嫡男の義信など男子3人は正室の子で…

上牧温泉「辰巳館」

適応別カラダに効く温泉

【肌荒れ編】女性も喜ぶ美肌効果

「小谷温泉」(長野県)は、武田信玄の家臣が発見したとされる古湯で、現代ではアトピーに効くとされる。 硫黄泉は「白骨温泉」(長野県)が有名。弱酸性のため肌に優しく、湯の中で付着する炭酸水素の気泡にも美肌効果がある。 硫酸塩泉では、まず「川中温泉」(群馬県)の一軒宿「かど半旅館」を挙げる。担当者によれば、「アトピーのかゆみが取れたというお客さまや、やけどの痕がきれいに…

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