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徳川家康に関する記事

「真田丸」初回の放送から

識者はこう見た NHK大河「真田丸」に複数の“仕掛け”

「堺さん以外にも、織田信長が吉田鋼太郎さん、徳川家康が内野聖陽さん、上杉景勝が遠藤憲一さんなど豪華キャスト揃いで、今後の活躍に期待ワクワクです。主役の堺さんは『半沢直樹』というより、『リーガル・ハイ』の古美門研介みたいでちょっとおちゃめなカンジ。堺さんの姉役の木村佳乃さんも会話の途中に『ねぇ?』などと言ってみたりで、重厚な大河ドラマというよりは“ファミリー大河”の…

NHKドラマ「真田丸」は堺雅人主演

NHKドラマ「真田丸」が100倍楽しくなる幸村トリビア秘話

大坂冬の陣に続く夏の陣で、幸村がわずかな手勢を率いて徳川家康の本陣である天王寺茶臼山に攻め込んだ突撃の武勇伝は有名だ。しかし、押し寄せる徳川方15万人に対し、勝ち目がないと判断した豊臣方は、浪人たちが次々と大坂から離れ、多勢に無勢。ところが、幸村の奇襲によって家康は2度も切腹を覚悟したらしい。どんな戦法を使ったのか。 「幸村が単身、家康の面前まで迫り、討ち取る寸前ま…

これから出番が増える/(C)日刊ゲンダイ

「官兵衛」で家康役 寺尾聰の“右目”なぜ閉じているのか?

役作りのために剃髪した岡田准一(33)の体当たり演技や、狂気の秀吉を好演する竹中直人(58)など、見どころは盛りだくさんだが、この先の話の中心人物となっていくのが徳川家康を演じる寺尾聰(67)だ。 次回「秀吉の最期」(11月9日放送)の予告でも、家康=寺尾の顔が大映しされたが、その寺尾について、ドラマ登場の当初からこんな疑問の声が上がっていた。 「寺尾聰の右目は、な…

イラスト・宮西真由

嫉妬、憎悪…コンプレックスの日本史

加藤清正、福島正則らを老獪な戦略で操った徳川家康

この戦を語る上で無視できないのが、徳川家康の老獪さです。豊臣秀吉の子飼いの武将たちを籠絡し、自分の部下のように働かせたのですから。 家康が利用したのは福島正則、加藤清正、黒田長政らの石田三成への憎悪・嫉妬でした。 発端は文禄元(1592)年から始まった、朝鮮出兵にあります。 正則らは、朝鮮半島でひもじい思いをしながら戦っていましたが、一方の三成は国内で、秀吉の側近…

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社長の本棚

「アシスト」代表取締役社長 大塚辰男さん

「山岡さんは『異本太閤記』や『徳川家康』。どちらも長い。『徳川家康』は21、22歳の頃、全26巻のうち10巻まで読んで諦めた。28歳の頃、再挑戦して一気に読破。達成感はありましたが、つまらないところもあった。ところが、その4年後にたまたま3巻を読んだら、つまらなかったところがおもしろかった。家康の父や母の子を思う気持ちなどが描かれていて、若い頃は感じなかったのに、…

イラスト・若生圭汰

日本史再見 英雄になれなかった男

豊臣家を救えなかった前田利家

徳川家康を刺し殺さず 時代は下がって慶長3(1598)年、秀吉が死没すると、豊臣政権の体制が揺らぎ始めます。利家と同格の大老となった徳川家康が、法度を破り、伊達政宗や福島正則らと勝手に婚姻を結んだのです。これに石田三成が異を唱えて、家康と対立。その結果、三成は謹慎処分を受けます。 利家の目には、家康の目論見が読めていました。秀吉子飼いの武将を反目させて、豊臣家を…

駿府城

新・お出かけ紀行

発掘調査に参加も 徳川家康が過ごした静岡県で歴史めぐり

NHK大河「真田丸」で内野聖陽演じる徳川家康は、幼年期、壮年期、晩年を静岡で過ごしている。竹千代と呼ばれた幼年期は今川の人質として、晩年は大御所として暮らした。ついのすみか、駿府城はほとんどが1635年の火災で焼失。一般公開されている巽櫓や東御門などは近年になって復元されたものだ。5階7層だったという天守は、残念ながら現存しない。 それでもここは訪れて損はない。静…

イラスト・齋藤礼実

日本史再見 英雄になれなかった男

伊達政宗 スペイン国王と組んで謀叛を企てていた

政宗は秀吉に臣従し、関ケ原の戦い(1600年)では徳川家康の側につきました。天下取りの野望をすっかり忘れたかのようですが、実は闘志満々。徳川幕府に叛旗を翻そうとしたのです。 それを語る前に、政宗を取り巻く人物を2人紹介しましょう。一人は家康の重臣で石見(現・島根県西部)や佐渡などの鉱山開発に尽力した大久保長安。徳川家に利益をもたらしました。 ところが慶長18(16…

イラスト・若生圭汰

日本史再見 英雄になれなかった男

父・信玄を意識し過ぎて墓穴を掘った武田勝頼の顛末

その揚げ句、天正3年4月、織田信長と徳川家康の連合軍と激突します。 武田から徳川方へ寝返った奥平貞昌(のち信昌)の三河・長篠城(現・愛知県新城市)を包囲したのです。信長は3万8000人の大軍を派遣し、設楽原に馬防柵を設営。これを勝頼は、信長が武田の騎馬軍団を恐れている、と錯覚しました。 ■「長篠・設楽原の戦い」で大敗 「勝った」と心中で叫んだ彼は、周囲の者たちの作戦…

イラスト・大場春奈

日本史再見 英雄になれなかった男

豊臣秀頼は母親の溺愛で滅び去った

慶長16(1611)年3月、京都・二条城で行われた徳川家康との会見では、始終、義理の祖父(妻が千姫のため)である家康を立てる申し分ない作法で接し、家康を唸らせました。一般にイメージされているような、マザコンの凡庸な人物ではなかったのです。 その秀頼の運命を、急変させたのが方広寺の梵鐘――鐘に刻まれた「国家安康」「君臣豊楽」の文字でした。徳川家康がこれに難癖をつけ、…

家康は苦労人だった

戦国武将サバイバル術

【徳川家康編】発想の転換で待ちの家康のごとく後日に備えよ

イラスト・若生圭汰

日本史再見 英雄になれなかった男

敵中突破で脱出した島津義弘…家康との駆け引きに勝利

この戦いで義弘は当初、徳川家康率いる東軍につくべく、伏見城に入城を願い出ました。ところが、留守居役の鳥居元忠に拒絶されます。そのため義弘は西軍に参陣。兄で島津家16代当主の義久に増兵を要請するも、兵は送られませんでした。当初は200ほどの手勢のみ。義弘に心酔する家臣が、個人で参加して1500となりました。 開戦前、義弘は西軍を率いる石田三成に、敵に夜襲をかけるべき…

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橋本テツヤの快適老齢術

なったつもりで元気を取り戻す

「尊敬する歴史上の人物は?」と問われたら徳川家康か豊臣秀吉あたりを答えるかもしれないが、そうでない場合は自分を尊敬していると言う。驕り高ぶっているわけではない。自分が一番好きで、自分の存在価値をそれなりに認めているからだ。 人は誰でも自分が好きなはずだが、年齢を重ねてくると、体の不調から今までできたことができなくなってくる。そうなると自分がイヤになり、悪い方向ばかり…

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日本史再見 英雄になれなかった男

死因は脳溢血 49歳で死んだ上杉謙信の無念

もし謙信が長寿だったら、先に死亡した信玄の後継者・勝頼と同盟を組み、織田信長・徳川家康連合軍と一大決戦をすることも可能だったはずです。そうなれば謙信によって、室町幕府が再興され、戦国史が大きく変わった可能性がありますね。 ■敵に塩を送った話は美談ではなかった 上杉謙信は「我は毘沙門天の生まれ変わりなり」と語っていたとされる。毘沙門天だから、鉄砲の弾も自分を避けると考…

イラスト・林蓮珠

日本史再見 英雄になれなかった男

主君・長政から嫌がらせ 大阪夏の陣に散った後藤又兵衛の悲劇

徳川家康は10万石を与えるから自分につけと要請するが、又兵衛はこれを断り、密かに花若を推挙。花若は徳川方の武将として参陣を許される。何も知らない花若は戦の前に会った又兵衛を父の仇として討とうとするが、又兵衛は「わしを戦場で討ち取って手柄とされよ」と告げて立ち去る。ここにも又兵衛の覚悟が表れている。 ちなみに鎮房が殺害されたとき、彼の家臣たちが討ち死にしたのが中津市内…

どこかにお宝が?

鑑定団で曜変天目茶碗に2500万円 骨董“一獲千金”の狙い方

数千円で買った着物の箱を赤外線で調べたら徳川家康が袖を通した「辻ヶ花」と判明、1億5000万円に大化けしたことも。このほか骨董市で数千円で買った屏風絵が重文クラスと認められた話もあるという。 「ただ、素人が見分けるのはかなり難しいと思われます。この世界は競争が厳しく、目利きの人は朝4時から懐中電灯を片手に骨董市の開場を待っています。明治、大正の家を取り壊すときはドア…

イラスト・佐々木桜

日本史再見 英雄になれなかった男

奇襲のチャンスをつぶし関ヶ原で惨敗した石田三成の不運

慶長5(1600)年、豊臣政権五大老の一人・徳川家康が、上杉景勝の討伐を口実に出陣。これによって同年9月15日、関ヶ原で家康の東軍と五奉行の石田三成が組織した西軍が衝突し、東軍が大勝利したことはご存知でしょう。 この戦いで着目したいのが“三成の不運”です。戦の終盤に、味方の小早川秀秋に裏切られただけではありません。 たとえば決戦の半年前の3月11日、家康が大坂の前…

松本弘一さん

社長の本棚

「サカエ」松本弘一社長は「坂の上の雲」が愛読書

改革するにはと織田信長に関する本を読み、信長政権は短命だったので、会社を継続させるには徳川家康かなと、家康関係の本を読んだり、あるいは、人を動かすにはどうすればいいのかと、吉川英治さんの『三国志』を読んだりして参考にしてきました。経営者では松下幸之助さんの本を全部読み、講演記録も聴きました」 そして、10年ちょっと前、愛読書に出合う。 「当時の顧問弁護士に薦められて…

胃炎なら保険でOK

Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【胃がん対策】家族で除菌 早期発見より確実な予防を

古くは徳川家康がこのがんで苦しんだとされていて、“がんといえば胃がん”と恐れられた時代もありました。 それだけに、胃がんを食い止めることは、医学的にも社会的にも大きなインパクトがあります。佐賀や大分、兵庫、大阪、長野、山形、秋田、北海道などの市町村では、中学生らを対象にピロリ菌の検査と除菌に取り組む自治体が増えているのです。 ■欧米では白血病より稀 尿検査からピロリ…

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「東京湾諸島」加藤庸二著

一方、佃煮で有名な佃島は、天正18(1590)年、徳川家康の江戸入府に同行した摂津国佃村の漁民33人が居留地として与えられた隅田川の河口部の州を埋め立てて、自分たちの故郷の名を冠したのが始まり。佃島はその後、明治25年に月島という新しい人工島と一体化し、今では地名に「佃」の文字が残っているだけだ。 その他、東京湾の汚染からの復活の原動力となった水再生センターがある…

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