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立川流の関連ニュース

立川談慶さんは入門14年目で「真打ち」昇進

役者・芸人「貧乏物語」

会社員から落語家へ 立川談慶さん語る「二つ目」までの9年半

ワコールを退職して立川談志率いる立川流に入門。二つ目昇進まで9年半、真打ちまで5年かかった立川談慶さんの前座暮らしの悲哀……。 師匠談志の弟子になったのは1991年4月19日でした。 当時の立川流は厳然とした昇進基準、徒弟制度というのがありまして。まず、見習いからスタートするのですが、「コイツ、使えるな」と思っていただけたら「前座」に。そして「二つ目」になるには、「…

悪役開眼/(C)日刊ゲンダイ

立川流顧問うならせた…談春「ルーズヴェルト」での悪役ぶり

談春の演技について、立川流の顧問を務める作家の吉川潮氏は「役者としての経験が少ないにもかかわらず、あれだけ悪役を演じきれるとは……」と、こう続ける。 「立川流の関係者はみんなドラマを見てるので、『談春は先週も悪かったねえ』なんて言って盛り上がっていますよ。これまで、落語家がドラマに出る場合は、たいてい主人公の行きつけのバーのマスターとかアパートの隣人とか、要はにぎや…

ビートたけしと世界のナベアツ(右上)&山崎邦正(右下)

たけしはともかく…芸能界の落語熱に評論家「金は取れない」

これまでも、たけしは談志率いる立川流の有名人枠として「立川錦之助」という高座名を与えられていた。その頃からたけしの落語を何度か聞いている作家で演芸評論家の吉川潮氏は、たけしの落語力を絶賛している。 「これまでたけしさんの落語は『落語in六本木』『花王名人劇場』という番組、それに立川流の高座と3度、聞いています。若いころは志ん生のファンでいつもテープを聞いていたとい…

本厚木駅近くの中華料理店にて

私の秘蔵写真

立川談四楼さんを翻弄した「真打ち昇進試験」の落選

立川談四楼さんは、師匠談志亡き後の立川流落語のリーダー格であり、併せて作家としての顔も持つ。そんな彼が「久しぶりに見てぐっときた」と言って差し出したのが、この集合写真だ。 「何ィ、三平の弟子が受かってオレの弟子が落ちただとゥ」 師匠である談志はこう憤ったという。二つ目だった談四楼さんは1983年5月10日、1年兄弟子の初代小談志と共に真打ち昇進試験に向かった。場所は…

立川談志(写真)の好みを徹底的に研究

談志没後5年 立川談笑大いに語る

二つ目昇進で生かされた元予備校教師のリサーチ力

立川流の昇進基準は、落語50席できることに加え歌舞音曲、講談、太鼓が必須科目である。 「入門して2年目くらいに『二つ目になるか』と言われたんです。落語50席はできましたから、問題は歌舞音曲です。そこで師匠の好きな端唄、俗曲は何か、師匠の著作を読み、師匠と付き合いが長いお友達に好みの唄を聞いたりしてリサーチしました」 踊りは本格的な日本舞踊より「東京音頭」の手踊りや…

立川談慶さん

喜怒哀楽のサラリーマン時代

立川談慶さん師匠談志は私のような弟子も認めてくれた

1991年4月にワコールを退社し、翌月には立川流に入門しました。 ワコールから芸人になった後輩には髭男爵のひぐち君(42)もいて、会社を辞める時に上司から「8年前にも青木(幸二=本名)というやつが辞めたんだよな」と言われたそうです。 入門した頃は、ちょうど志の輔師匠(62)がブレークした時期で、私も3年で二つ目、30代半ばで真打ち昇進という青写真を描いていました。 …

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エリート街道捨てた立川志の春に聞く「古典落語」の効能

立川談笑(右)と吉川潮

談志没後5年 立川談笑大いに語る

一番弟子に与えた課題はブログとツイッター開設

昇進は談志が決めた立川流の基準に従った。そこはきちんと踏襲した。吉笑は順調に育ち、テレビ、ラジオ出演に加え、ウェブマガジンに「現在落語論」というエッセーを連載するなど談笑の期待に応えている。また、吉笑に1年遅れて入門した笑二も二つ目になった。 談笑自身は現在、国立演芸場で毎月独演会を開いている。今月と来年1月の会は完売とか。志の輔、談春に続いて、談笑もチケットが取り…

立川談笑

談志没後5年 立川談笑大いに語る

真打披露パーティーに談志の等身大パネルを設置

当時、立川流の顧問だった私は当然出席している。司会の山中秀樹アナウンサー(当時はフジテレビで現在はフリー)がこう説明した。 「会場に置いてあります談志師匠の等身大パネルは撮影用です。皆さま、遠慮なくパネルと一緒に写真を撮って下さい」 喜んだ客が次々にパネルと並んで写真を撮り始めた。 「だって、お客さまが立川談志に『一緒に写真を撮っていいですか』と頼むのは勇気がいり…

立川談笑

談志没後5年 立川談笑大いに語る

真打ち昇進試験を「北風と太陽」に例えて…

披露パーティーが間近になった頃、立川流落語会で師弟が一緒になった。出番を終えた談笑はテレビの仕事があったので、トリの談志を聞かずに「お先に失礼します」と帰った。これが談志の怒りに触れた。つむじを曲げて、「俺はパーティーに行かない」と言い出した。 「最後は折れて出てくれるんだろうとは思ってましたが、欠席した場合に備え、ある物を用意しました」 彼はいったい何を用意した…

「笑点」の生みの親、立川談志

私だけが知っている「笑点」のヒミツ

談志は晩年「俺はとんでもないものを作った」と

「笑点」の生みの親である立川談志に、立川流顧問として長年仕えた私は、師匠からいろいろと話を聞いている。談志は晩年、「俺はとんでもないものを作ってしまったのかも知れないな」と言っていた。まるでモンスターを製造した科学者みたいに。現在の大喜利は談志が考えた大喜利とはまるで違う質のものだからだ。…

引退する桂歌丸と後任に浮上するタモリ、三遊亭小遊三

笑点引退 桂歌丸の後任司会に「外部なら本命タモリ」の声

それがダメなら立川流からアッと驚く立川生志(52)というのもあるかも知れませんね」(前出の吉川氏) 視聴率ランキングでは毎回上位に入る人気番組だけに、人選はこれ以上ない慎重さで進められるはずだ。…

今は亡き師匠について語る立川志の輔

志の輔落語とパルコの20年

番組を見た談志「俺はガッテンできない」発言のウラ

その年、落語協会を脱会して立川流を旗揚げした談志の英才教育により、たった2年で二つ目に、7年で真打ちに昇進した。当時はスピード出世とマスコミでも騒がれたが、当人は予想外の昇進に戸惑うだけだった。 「何もしていないんですから、出世じゃないですよ。喜びよりもプレッシャーの方が大きくて、周囲の期待に応えるため、本人の能力を上回る活動をしなきゃならなかった。それがずっと続い…

京都発 ミシマの「本よみ手帖」

「現在落語論」立川吉笑著

立川流の二つ目・吉笑さん(31)が本を書いた。それも、師の師である談志著「現代落語論」のオマージュ的タイトルをつけて。 一度でも彼の寄席を訪れたらわかるが、その噺は実に「本的」である。「舌打たず」「粗粗茶」「ぞおん」など彼の創作を聴くと、ちょっとした短編、あるいは科学の読み物を読んだような感を覚える。 発売後すぐに、本屋で見つけ、読んだ。読んで、拍手喝采した。よくぞ…

左から藤原紀香と東出昌大

ゲンダイ落語講座

入院中の竹内まりやに「湯屋番」を披露した山下達郎

本業の一方で落語立川流の噺家として、新宿末広亭でトリを務めたこともあった。 テレビの企画などで落語に取り組むアイドルも多い。テレビアニメ「じょしらく」のエンディングテーマを担当していたのは、落語家っぽいユニット名、桃黒亭一門。後々種明かしされたが、正体は人気女性アイドルグループ、ももいろクローバーZだった。 今年6月、「じょしらく」の舞台に挑戦したのは乃木坂46。落…

桂文枝と三遊亭好楽

ゲンダイ落語講座

垣根が低くなった江戸落語と上方落語

東京には、落語協会(会長・柳亭市馬)、落語芸術協会(会長・桂歌丸)、五代目円楽一門会(会長・三遊亭好楽=写真右)、落語立川流(会長・土橋亭里う馬)の4団体があり、大阪には上方落語協会(会長・桂文枝=同左)があるが、快楽亭ブラックなど無所属の落語家もいる。 東京出身の落語家によって支えられ、伝えられている江戸落語というのは遠い昔の話で、東京出身の落語家は今や少数派。…

「人権侵害」で抗議/(C)日刊ゲンダイ

小保方さんパロディーで浮き彫り テレビ界の“センス枯渇”

■フジは“王シュレット”の前科アリ この騒動に関しては、田村淳(40)がツイッターで「流石ロンハースタッフ!」と喜び、脳科学者の茂木健一郎(51)が「不謹慎と秀逸な笑いは、常に紙一重です」とつぶやくなど反応が分かれているが、「パロディーの是非よりも、作り手側の無能さが問題」と憤慨するのは落語の立川流顧問で作家の吉川潮氏だ。 「才能のない放送作家やディレクターが作っ…

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