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「原節子 さん」に関する記事

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いま一度見直したい「映画俳優」としての川崎敬三さん

昨年11月は高倉健さん、菅原文太さん、この11月は原節子さん、川崎敬三さんの訃報である。 もっとも、川崎さんは7月、原さんは9月にすでに亡くなっていたという。故人の遺志で死去が伏せられていた。はたからでは及びもつかないお2人の強い決意のほどがうかがえる。 「永遠の処女」「伝説の大女優」という活字が躍る原さんの報道は大きかった。映画史に残る大女優だから当然といえば当然…

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張り込んでも撮れず “近況不明50年”原節子さん「伝説」の裏側

山田洋次監督の「原節子さんは美しいままに永遠に生きている人です。半分は神様と思って手を合わせます」というコメントがすべてを物語っている。 伝説の名女優、原節子(本名・会田昌江)さんが9月5日に肺炎のため神奈川県内の病院で亡くなっていたことがわかった。享年95。小津安二郎監督の代表作「晩春」「東京物語」などでヒロインを演じたほか、日本映画史上に残る名作に数多く出演。し…

著者の石井妙子氏

著者インタビュー

「原節子の真実」石井妙子氏

“永遠の処女”とうたわれ、昭和の日本人にもっとも愛された女優・原節子。全盛期に忽然と銀幕を去り、以降50年以上にわたり世間にその姿を見せなかった伝説の女優は、昨年末、95歳でその生涯を閉じた。 「3年前から彼女の評伝の執筆を開始し、折に触れてご自宅に伺っていましたが、同居する甥御さん夫婦が丁寧に対応してくださるものの、ついに原節子さんにお会いすることはかないませんで…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

好きなものを順にいえば、まず読書、次が泣くこと、その次がビール、それから…

香川京子さん(写真)は「東京物語」で原節子と共演している。2015年、鎌倉で「東京物語」の上映会と香川さんのトークショーがあった。香川さんは子供の頃は引っ込み思案で、将来女優になることなど夢にも思わなかったそうである。トークショーで印象に残った部分だけ抜き書きしてみる。 原節子さんの大ファンでした。「東京物語」に出演が決まったときは、小津安二郎監督の映画に出ることよ…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

公務員の初任給が6500円の時代に映画1本のギャラが300万円

「麥秋」の出演を巡って原節子と小津安二郎にはこんなやり取りがあった。原と小津の間に入って取り次いだのは、シナリオライターで映画監督の沢村勉である。沢村は鎌倉の浄明寺の原節子の家のすぐ近くに住んでいた。沢村は義兄の熊谷久虎監督の映画の脚本も書いており、熊谷と親しく、その関係でよく原節子の家に行っていた。小津映画を見て映画界に入ったというほどの小津ファンである。原節子主…

山崎努

本職「映画監督」 今は舞台に夢中

声に惚れて山崎努さんに出演依頼も「セリフは言いたくない」と

もちろん、テレビ全盛で音響設備もまったく違う今とは比べるわけにはいきませんが、小津安二郎や溝口健二の映画を見ていると、例えば原節子さんの声にはビックリします。あんなふうにしゃべってくれたらベストなんだけどなと僕は思ってしまうんです。 そういう意味で、素晴らしい発声をなさると僕が思う俳優さんが山崎努さんです。 その山崎さんで映画を撮りたくて出演依頼をしたことがありま…

原節子さん

「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

家計を助けるために14歳で銀幕入り

『秋日和』のときは、司葉子さんと岡田茉莉子さん、佐田啓二さん、原節子さんですね。庭でバーベキューをやって、部屋へ入ってから、また飲んだんですけれどもね。そのときの写真がずいぶん出回っているから。キャッキャ、キャッキャ、原節子が笑い顔をしている写真がありますよ。 そういうときの原さんはほかの人がいてもちっとも構わないで、開けっ広げに自分をそのまま出して、お付き合いして…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

引退宣言をすることなく42歳で映画界からフェードアウト

「このところ、原節子との結婚の噂しきりなり」と。この時期、原節子は結婚についてさまざまなインタビューを受けている。それには映画界のこんな背景があった。前年の1950年、互いに結婚し、子供もいた島耕二監督と女優の轟夕起子が恋愛事件を起こした。また、同年、原節子が大好きだったイングリッド・バーグマンがイタリアのロベルト・ロッセリーニ監督の「ストロンボリ/神の土地」に主演…

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●鎌倉物語 永遠の伝説 女優原節子

「やっぱり役者の原節子は一皮かぶっているんじゃないかな、という気がしますね」

現役時代の原節子を語れる日本でも数少ないひとり、山内静夫さんは白樺派の文豪、里見弴先生の息子で、小津安二郎の映画プロデューサーで、鎌倉文学館の3代目館長だった方である。鎌倉の名士中の名士。 1925(大正14)年生まれの91歳。小津組には1949(昭和24)年の「晩春」から宣伝スタッフとして加わり、「早春」からプロデューサーを務め、遺作となった「秋刀魚の味」まで担当…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

司葉子が明かす意外なエピソードの数々

女優の司葉子さんは日本の映画人で唯一、原節子と接点があった方である。原節子がまだ健在だった晩春のある日、鎌倉の川喜多映画記念館で話を伺った。 「原節子さんと初めてお目にかかったときは、近寄りがたい感じではなく、普通の人だなと思いました。まさか自分が共演することになるとは思いませんでした。学生時代から原さんに憧れていたんです。『青い山脈』や『めし』などを見てました。 …

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

この何メートルか向こうで、原節子が息をしているのだなあ、と思うだけで感無量になった

数年前に原節子が施設に入所したという噂が流れたが、それはガセだった。偶然手に入れた、2005年11月25日発行の「ゆめクラブ鎌倉やまもも」という鎌倉の老人クラブの会員広報誌に、門田京蔵さんという方が原節子の近況を記している。 若き日、熊谷監督の友人M氏の家が稲村ケ崎にあり、原はM・H嬢とよく泳いだ。この人が節子小母さまの現況を聞ける唯一の情報源なのだ。七月中旬の電話…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

小津映画に出演したのは計6本

原節子は自分の役柄の狭さを1958年11月3日の東京新聞のインタビューで述べている。 わたしみたいに中途半端な年齢で、しかも役柄がせまいと、なかなか適当な作品もなく、それでつい十カ月も遊んでしまうことになるんですけど、もともとあまり欲のないほうだから、自分から会社に積極的に働きかけるというファイトがないんですね。会社のほうでも専属料さえ払っておけばいいだろうぐらいで…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

人前に出るのをはばかっていたのは…

前述したように原節子の次姉が、熊谷久虎監督夫人である。そして、松竹にいた番匠義彰という監督の奥さんが原節子の四姉である。ただし、この2人は夫婦別れしている。山内静夫さんはその番匠義彰監督とずいぶん仕事をしている。小津よりもずっと番匠監督との仕事が多い。 山内さんの見立てでは、原節子自身が人前に出るのをはばかっているのは、そういう身内の中にあるいわばスキャンダルに触れ…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

小津安二郎の通夜に弔問に訪れて玄関で号泣

1963(昭和38)年10月から、小津安二郎はがんのため東京医科歯科大学医学部付属病院に再入院、佐田啓二、岩下志麻さん、岡田茉莉子ら小津映画に出演したスタッフ、キャストの多くが見舞いに訪れたが、その中に原節子と司葉子さんの姿もあった。作曲家の斎藤高順の証言がある。 斎藤 個室に入っていらっしゃって、私が行くと病室のまわりがずいぶんにぎやかなんです。どうしてなのかなと…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

実際に小津安二郎監督との仲はどうだったのか

原節子の引退には諸説ある。白内障が悪化した、強烈なライトで目を痛めた、前述の実兄の事故死、映画が衰退し、自身も40代に差しかかり、主役の仕事も来なくなった、衰えた美貌を見られたくなかった等々。ノンフィクション作家の石井妙子によれば、義兄の熊谷久虎が自分を優遇しない映画界に見切りをつけ、原節子を道連れにしたという説もある。中でも有名なのは小津安二郎の死に殉じたという説…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

「永遠の処女」とマッカーサーの愛人説

原節子は人並みに結婚願望もあれば、子供も欲しい時期があった。原節子といえば、「永遠の処女」という言葉が付きものである。実際に交際関係はどうだったのだろうか。「週刊新潮」(2015年12月10日号)に気になる記事がある。 「ドイツに行った経験があったので、ちょうど仕事でドイツに行くという節子さんに、ヒトラーユーゲントとはこうだ、などとアドバイスしたのがきっかけで親しく…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

原節子、小津安二郎=鎌倉というイメージが定着したのは…

原節子が小津映画に初めて出演した作品である。冒頭は北鎌倉の駅舎からはじまる。そして、円覚寺でのお茶会。原節子は笠智衆演じる北鎌倉に住む、大学教授・曾宮周吉の娘、紀子である。婚期を逃しかけた娘を嫁にやるという、小津映画で繰り返し描かれることになった主題である。鎌倉駅や横須賀線の車中での原節子と笠智衆のショットなど、原節子、小津安二郎=鎌倉というイメージは「晩春」が嚆矢…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

大根役者説は本当か?

原節子には小津安二郎の映画で、「紀子3部作」といわれる作品がある。紀子という名の役(それぞれ役柄が違う)を原節子が3作品演じた。「晩春」「麥秋」「東京物語」である。いずれも映画史上に残る傑作で、脚本は小津安二郎と野田高梧。野田は小津との脚本で「麥秋」を最も高く評価しており、「『東京物語』は誰にでも書けるが、これはちょっと書けないと思う」(「野田高梧 人とシナリオ」日…

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ずん飯尾 今週の「○○師匠」

近すぎて師匠

富士山はカレンダー使用率トップクラス、女優さんでいったら、原節子さん、吉永小百合さん、小泉今日子さんですよ! 東京だったら〈マンションの窓から富士山が見えます〉と売り文句になり、価格を上げる美しい山。ちなみに晴れた日に窓からキョンキョンが笑顔をふりまいてくれたら相場の3倍は覚悟しますが、飯尾家初孫の推測では、富士山は静岡や山梨の方々にとって身近すぎてその凄さが当た…

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「鎌倉物語」永遠の伝説・原節子

終戦直後が私にとって、経済的にも、精神的にも最も苦しい時代でした

また、原節子は経済学者の向坂逸郎との「中央公論」(1957年11月号)での対談でこんな発言もしている。ぼくが気になった原節子のコメントの部分だけランダムに抜き書きしてみよう。 あたくしも歩くことが一番好きなの、はい。 あたくし、材木座から江ノ島まで海岸伝いに三時間くらいかかって歩いて行くんです。そして帰りはタクシーをひろって二十分ぐらいで家に帰ってくる(笑い)。 で…

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