日刊ゲンダイDIGITAL

  • facebook  
  • twitter  
  • google+

「田原俊彦 独立」に関する記事

左から田原俊彦、山本淳一、豊川誕

SMAP分裂回避の理由は? 辞めたジャニーズの悲惨な末路

「最もいい例が田原俊彦でしょう。世間では例のビッグ発言が転落の第一歩と見られてますが、実はトシちゃんは発言の直後、ジャニーズ事務所からも独立していたのです。そうでなければ“ビッグ発言”なんてどうにでも揉み消せたはず。しかし、ジャニーズの庇護から離れたばかりか逆に干しあげられた結果、一時は完全に芸能界から消えていた。ようやくテレビに復帰できたのは独立から15年後のこ…

ジャニーズ事務所

キムタク以外は引退恐れも SMAP独立クーデター失敗で決着か

古くは郷ひろみ、田原俊彦、元SMAPの森且行もそうです。その代償として、反旗を翻した以上は徹底的に芸能界から干すし、後戻りは許さない。身内以外は敵という鉄の掟がある。だからこそ、ジャニーズから独立する場合はジャニーズと対等に渡り合えるプロダクションを“ケツ持ち”につける。郷ひろみや本木雅弘のケースはそうでした。今回もチーフマネジャーは早い段階から芸能界の有力者や大手…

ビッグ発言で辛酸をなめた

プレイバック芸能スキャンダル史

ジャニーズ帝国と対立…田原俊彦「ビッグ発言」で総スカン

最近では加護亜依が所属事務所と大モメしているが、失言が理由で一時芸能界を追放された田原俊彦(50)も、ジャニーズ事務所との対立がそもそもの原因だった。 94年2月14日、長女が誕生。所属レコード会社に指示された田原が渋々、出産報告会見を開いた。 「今日はお忙しい中、マスコミ嫌いの田原俊彦のために、こうしてお暇な時間にお集まりいただきありがとうございます。この場に挑む…

ジャニーズ事務所

SMAP解散へ ジャニーズ帝国徹底研究

反旗を翻したタレントは徹底的に干す「伝統」

その代表的な例が80年代に一世を風靡した田原俊彦の凋落だろう。94年に独立した田原は、いまだにジャニーズのタレントとは共演できていないという。 「田原は有名な『ビッグ発言』で人気を失っていますが、実はあのバッシングもジャニーズの仕掛けだったといわれています。実際の会見は和やかなもので、発言も前後の文脈から見てたわいもない冗談だった。ところがなぜか『ビッグ』の部分だけ…

郷ひろみはジャニー氏の「理想のアイドル像」だった

SMAP解散へ ジャニーズ帝国徹底研究

ジャニー氏の独自路線決定付けた郷ひろみの独立

この経験が他事務所となれ合わない独自路線を決心させたともいわれています」(前出の芸能記者) 郷の移籍以降、豊川誕や川崎麻世を売り出したものの、78年にはフォーリーブスも解散するなどジャニーズは低迷期に入ってしまうのだが、79年のドラマ「3年B組金八先生」に出演した田原俊彦、近藤真彦、野村義男の「たのきんトリオ」の大ブレークによって復活のきっかけをつかむ。 「成功の最…

SMAPの年末解散を発表したジャニーズ事務所

SMAP解散はハワイで見物 キムタクが選んだ事務所幹部の道

田原俊彦であれ諸星和己であれ、どんなに人気者でもジャニーズから独立した途端に仕事を干されて生活すら立ち行かなくなる。そんな前例を見てきたことも大きかったようです」 独立騒動ではいち早く事務所残留を表明した功績で事務所幹部への道が約束されているキムタク。引き換えに失った仲間からの信頼だけは取り返しがつかないだろう。…

トップスターが次々と事務所を離れていった…

SMAP解散へ ジャニーズ帝国徹底研究

アイドルの限界が露呈した光GENJIの成功と失速

結局、多くのグループは解散し、ギャラが低く抑えられていたこともあって人気のある者は独立したがり、残ったメンバーは生き残りに苦労するという状況が続いていた」(スポーツ紙芸能担当記者) 田原俊彦、本木雅弘、諸星和己といった一時代を築いたはずのトップスターが次々と事務所から独立していったという事実を見れば一目瞭然だろう。 そんな冬の時代の最中、88年に結成され91年にCD…

涙ながらに自殺騒動を謝罪

SMAP解散へ ジャニーズ帝国徹底研究

メリー氏が剛腕発揮 マッチと明菜の金屏風会見

ジャニー喜多川氏のホモセクハラ疑惑などで、事務所への批判の声が強まり始めたこともあったが、やはり松田聖子や中山美穂といった大物アイドルと次々と浮名を流した田原俊彦を筆頭に、近藤真彦や少年隊の錦織一清や植草克秀、シブがき隊の薬丸裕英や布川敏和など遊びたい盛りの若いタレントを多く抱えていたため、恋愛スキャンダル対策の側面が強かった。 「スポーツ紙の記者やテレビ局の担当…

“格差婚”の走りだった

プレイバック芸能スキャンダル史

濃厚キス7回 元祖“格差婚”小柳ルミ子&大澄賢也の披露宴

テレビ局やレコード会社の社長、デヴィ夫人、田原俊彦、研ナオコ、堺正章らの挨拶が終わると、新郎新婦の息のあったダンスが繰り広げられ、踊り終わった2人はテレビカメラの前で15秒にも及ぶねっとりとしたディープキスをかわした。間近で目にした記者によれば「唾液が糸を引くように見えた」という濃厚さ。その日の2人のディープキスは合計7回にも及んだ。 この結婚式の新婦は小柳ルミ子(…

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新の競馬記事