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「平尾昌晃 ミュージック」に関する記事

右写真=安倍里葎子さんと平尾昌晃さん

今あるのはあの人のおかげ

安倍里葎子が感謝 “デュエットの女王”誕生に2人の巨匠

平尾昌晃先生が校長を訪ねて店に立ち寄り、私の歌唱を聴いてくださったんです。その日こそ何もなかったのですが、後日、校長に「あの子、上京してプロにならないか?」という電話が入りました。思わぬことにスカウトです。 もちろん、最初は半信半疑。でも、翌年1月にキングレコードのディレクター、所属することになった大和企画の部長とマネジャーの3人が契約のために来られました。 ディレ…

歌手で作曲家の平尾昌晃

プレイバック芸能スキャンダル史

作曲家・歌手の平尾昌晃 “ドロ沼離婚”の末に幼妻とデキ婚

ー1978年7月ー 売れっ子作曲家の平尾昌晃(当時40)が再婚を発表したのは7月29日のことだった。相手は元歌手の小沢深雪(同19)。高校1年の時、「平尾ミュージックスクール」の1期生になり、75年2月、歌手デビューした平尾の秘蔵っ子だ。しかし、その後、歌手をやめ、日陰の身となっていた。 平尾が現役女子大生A子さんと最初の結婚をしたのは72年7月。男の子をもうけたが…

「今も現役」と岡村さん(写真右はアイドル時代)

あの人は今こうしている

元アイドル岡村有希子さん 1字違いで味わった苦い思い出

企業イベントや町おこしのゲストに呼んでいただくと、歌大好き人間の心に火がついちゃって、フフフ」 ■1字違いで「混同」 さて、岡村さんは小学5年生の時から平尾昌晃ミュージックスクール福岡校に通い、中2でユピテルレコードに見いだされ、中3で上京。堀越高校芸能コースに進み、84年、「哀しみのレイン・トリー」でデビューした。 「それから間もなくしてタモリさんのラジオ番組に出…

昔を振り返る松尾一彦さん/(C)日刊ゲンダイ

あの人は今こうしている

元「オフコース」松尾一彦さんが明かす“解散の本当の真相”

阿久悠作詞・平尾昌晃作曲の「美しい季節」でデビューするも、パッとしなかった。 「で、東芝のレコード配送センターでバイトをしたりしてね。そんなとき、バンド仲間だった大間(ジロー)が時々ドラムを叩きに行ってたオフコースから、“松尾、ハーモニカ吹けるよな?”と声がかかったのが最初」 76年、大間、清水仁とともに、小田和正と鈴木康博の2人組だったオフコースに加わった。 「ハ…

(C)日刊ゲンダイ

プレイバック芸能スキャンダル史

天馬ルミ子 ピンク・レディーのマネーで大型デビューも活動休止

その後、通い始めた平尾昌晃歌謡教室でも「歌のうまいことにかけては天才だ」と高く評価された。この教室に話が舞い込んだことがデビューのきっかけとなった。 事務所に入る時は“ピンク・レディーの育ての親”として有名な相馬一比古制作部長が面接。しかし「ちょっと立ってみて」といわれただけでOKが出て、天馬は「歌手を取るのに歌も聴かないで」と驚いたという。 デビュー後の宣伝活動は…

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