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深作欣二に関する記事

大学浪人中に押しかけた/(C)日刊ゲンダイ

今あるのはあの人のおかげ

松竹解任騒動 奥山和由を奮い立たせた深作欣二からの手紙

4万人を集めた京都国際映画祭の総合プロデューサー、奥山和由氏(59)にとっては故・深作欣二監督(享年72)だ。大学浪人中の40年前、京都撮影所に時はさかのぼる。 「なんやワレ」って、スタッフらしき人に広島弁で凄まれながら、こちらの素性を書いた手紙を半ば強引に手渡したんです。「監督に届けてください。どうしてもお会いしたいんです」って。 映画に興味があったとか、いうわけ…

今もなお映画やテレビでひっぱりだこ

芸能界を生きる女のサバイバル術

松坂慶子は衰え知らず 最高傑作「死の棘」までの紆余曲折

女性ファンがつかなかったせいです」(放送関係者) 数々の作品を共に作ってきた深作欣二監督との不倫が、女性ファンを遠ざけたと芸能リポーターの川内天子氏が、当時を振り返る。 「深作監督の奥さんから『MKさん』と女性誌で名指しをされ、『MKさんは演技がヘタだから脱ぐしかない』とバッシングされたんです」 その後、深作監督と別れた松坂には、一発逆転が必要だったはずだ。小栗監督…

男が人生を賭けたくなる魔性の女

女が嫌いなオンナの現在地

意思とは関係なく周囲を不幸に 荻野目慶子の“天性の魔性”

本物の魔性です」 荻野目の魔性は、日本映画の巨匠・深作欣二にも及んだ。92年に映画「いつかギラギラする日」の撮影中に、深作監督から半ば強引に迫られて交際がスタートし、関係は10年に及ぶ。だが96年に前立腺がんを発病した深作監督は、治療に有効な女性ホルモンの投与が男性機能を喪失するとわかると、荻野目との肉体関係を続けられないからという理由で治療を拒否し、病室でもこっそ…

深作欣二監督

男たちの性豪列伝

深作欣二監督 がんと闘いながら女にも溺れて…

「監督」とは、邦画史に燦然と輝く深作欣二監督。1930年生まれ、15歳で終戦を迎えた。さまざまな価値観があっけなく崩れ、そして闇市では、本音の暴力と生きるためのバイタリティーがあふれていた。それが監督の原点となる。 「仁義なき戦い」シリーズや「柳生一族の陰謀」「蒲田行進曲」「忠臣蔵外伝 四谷怪談」とジャンルにとらわれず、娯楽作品をヒットさせた。96年に手術した前立腺…

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観ずに死ねるか

仁義なき戦い(1973年 深作欣二監督)

(森田健司)…

「続 悪名」

孤独の映画

「続 悪名」(1961年 田中徳三監督)

親分の気分で配下の者が呻吟させられるのは「アウトレイジ」(北野武監督)や「仁義なき戦い」(深作欣二監督)に通じるものがある。 溝口健二作品で活躍した脚本家の依田義賢は朝吉にこう語らせる。 「わいが甘かった。この世界はやはりカネや。儲けさせるヤツや。儲けさせんで力だけあるヤツは邪魔になる。これがやくざの道や」 考えてみれば、昨年8月に山口組が分裂したのも主たる原因は上…

行定勲さん

この人に密着24時間

映画監督 行定勲さん 「2001年からほぼ休みなし。休日は決めていない」

01年当時、70代の深作欣二監督が「GO」を見て「俺が撮ったらもっとえぐい映画になったんだよ」とおっしゃってたことが十何年経って少し分かりはじめましたね。その変化を「GO」を見てくださった世代のみなさんにも見比べてもらいたいです。 【12月のある一日】 8:00 起床 9:30 外出 10:30 都内で映画の取材を受ける(2本) 12:30 昼食 13:30 都内…

2時間ドラマに引っぱりだこの藤真利子さん

今だから語れる涙と笑いの酒人生

酒豪で知られる藤真利子さん 一晩に11軒ハシゴの武勇伝も

初めて飲んだのは、90年10月放映のテレビドラマ「ダブル・パニック’90/ロス警察大捜査線」の監督だった深作欣二さんに、焼き肉店でごちそうになった時。不思議と、どれだけグラスを空けてもスイスイ飲めちゃう。他のお酒にありがちな、“飲み飽きる”ってことがないんです。 それでしばらく、ハマっていたのですが、あるプライベート旅行でついつい飲み過ぎてしまい、二日酔いどころか…

木下恵介監督(左)や深作欣二監督の戦争映画は必見

60本超上映…池袋・新文芸坐「戦後70年企画」で戦争を考える

とくに深作欣二監督の「軍旗――」。南洋の島で追い込まれた日本兵の、人肉食まで言及される恐るべき描写もあり、今見ても身がすくむはずだ。戦争に翻弄された人々の戦後の荒廃ぶりは、「仁義なき戦い」をほうふつとさせる。 木下恵介監督の戦前の作「陸軍」も特別な作品である。田中絹代扮する母親が、戦地に向かう息子を必死に追いかけるラスト。息子を思う母の悲痛な心情を表現して今でも語…

いまだに健さんの影響力は大きい (C)AP

レアな高倉健作品続々上映で池袋「新文芸坐」が大にぎわい

日刊スポーツの“健さんを探して”で「昭和残侠伝」などを一緒に作ってきた吉田達プロデューサーが、鶴田浩二とのちょっとした確執や、深作欣二監督とはソリが合わなかったことなどを“暴露”していて興味深い。 雑誌でも、2月末発売の月刊誌「一個人」が“高倉健VS菅原文太 やくざ映画名作対決”と銘打った特集を行う。東映ヤクザ映画が、なぜ出てきたのか。2人の魅力は何かなど“フカボリ…

第二の深作欣二!?/(C)日刊ゲンダイ

“辛口”映画プロデューサーも絶賛 品川ヒロシの監督センス

その時に僕の頭をよぎったのが深作欣二監督。彼は僕と深作監督がコンビを組んだ『いつかギラギラする日』のファンだそうで、脚本は作り手のエネルギーの象徴です。深作さんも分厚い脚本が濃密な映像に凝縮されていました」 ■天才と努力が掛け算に!? 奥山氏が続ける。 「これはあくまで僕の個人的な意見ですが、彼は吉本芸人における最高レベルの監督じゃなくて、日本の全映画界の中でも最高…

“恋多き魔性の女”と呼ばれた

プレイバック芸能スキャンダル史

清純派から“魔性の女”に 荻野目慶子を襲った新進監督の自殺

1年後には深作欣二監督「いつかギラギラする日」に出演。その公開前に河合監督が撮影した“形見”のヘアヌード写真を「SURRENDER」として出版して話題になり、深作監督とは監督が前立腺がんで亡くなるまで不倫を続けた。魔性の女の面目躍如ということか。 ◇1990年4月 2日、大阪市で前日に開幕した国際花と緑の博覧会「ウォーターライド」で脱線転落事故。23人が重軽傷を負っ…

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