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「永六輔 テレビ」に関する記事

安倍政権に痛烈遺言状

大橋巨泉さん死去 テレビの巨人が託した「最後のお願い」

昨年12月に亡くなった作家の野坂昭如氏、先日亡くなった永六輔氏に続く戦争を知る昭和ヒトケタ世代の訃報。その“遺言”は重い。…

会見で父・永六輔さん(右)との思い出を語る次女の真理さん

永六輔さん大往生 作品の底流に「反権力」の気骨と反骨

「上を向いて歩こう」「黒い花びら」など大ヒットソングの作詞、放送作家、文筆業、ラジオパーソナリティーと多岐にわたって活躍した永六輔さんが7日に亡くなっていた。享年83。数年前からパーキンソン病と前立腺がんを患い車椅子での生活だったが、最後までラジオ番組への出演を熱望していたという。 すでに永さんの実家の浅草・最尊寺で家族葬が営まれ、後日、お別れの会が開かれる。 早大…

永六輔(左)と大橋巨泉、2人ともまだまだ現役

激ヤセ姿でTV共演 永六輔&大橋巨泉に業界から称賛の嵐

4日放送の「徹子の部屋」(テレビ朝日系)にそろって登場した永六輔(82)と大橋巨泉(81)に「よく出た」「リッパ」と称賛の声が上がっている。黒柳徹子(82)自身が「最高の出来上がりではないのに」と言った通り、巨泉は頬がゲッソリ、永も6年前にかかったパーキンソン病の影響からか、口は開けっ放しだったのに、見かけとは裏腹、話し言葉はシッカリしていたからだ。 巨泉は激ヤセし…

永六輔さんはテレビ草創期からの功労者

あれもこれも言わせて

テレビはきちんと永六輔さんを追悼するべきだ

7日、永六輔さんが亡くなった。訃報が流れたのは11日。翌日のワイドショーはさぞや永さんの話題でもちきりになるに違いないと思って見ていたが、どの局もトップニュースは石田純一の都知事選出馬断念や、ザ・ピーナッツ伊藤ユミさん死去の話などで、永さんの訃報をなかなかやらない。 例えば「とくダネ!」(フジテレビ系)。オープニングは二足歩行するツキノワグマの話題。そして、フランス…

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流されゆく日々

連載9967回 永六輔の残したもの

いずれにせよ、故・永六輔さんの特集らしいから、素直に出ることにしたのである。 永さんの思い出話や人柄を語るのであれば、私などよりはるかに交流も深く、長年の仕事仲間も沢山いるはずだ。そういうかたたちからの追悼の記事や番組などは、すでにいくつも発表されている。私は例によって水の如く淡く、細く長いつきあいなので、個人的な話はその任でない、と最初は辞退したのだが、スタッフと…

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流されゆく日々

連載9969回 永六輔の残したもの

(この項つづく) ――協力・文芸企画…

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流されゆく日々

連載9970回 永六輔の残したもの

私の提言が一つの論争のきっかけになり、さらに永六輔論がひろがっていくことを望みたい。 (この項おわり) ――協力・文芸企画…

左から永六輔、大橋巨泉、蜷川幸雄

あれもこれも言わせて

恩知らずなTVマンに代わり今年亡くなった有名人を追悼

「夢であいましょう」をバックに「この惑星の“昭和”と言われる時代には濃い~ヤツらが居たらしい」とナレーションが流れる中、「永六輔 昭和8年生まれ」「蜷川幸雄 昭和10年生まれ」「大橋巨泉 昭和9年生まれ」、今年亡くなった3人の在りし日の姿が映るのだ。 ラジオブースで語る永、稽古場で灰皿を投げる蜷川、「クイズダービー」で司会をする巨泉。そこに宇宙人ジョーンズが入り込む…

永六輔さんからの依頼で他局番組に出演

広瀬久美子 “1本の電話”から始まった永六輔さんとの交流

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プレイバック芸能スキャンダル史

賑やかに行われた水の江滝子の「生前葬」

そのプロデュースをした永六輔に「生きているうちにこうしたことをやりたい」と相談すると「じゃあ、生前葬でもやりますか」という話になり、トントン拍子に進んでいった。 それまでにも、生前葬の例がなかったわけではない。有名なのは60年に開かれた児玉誉士夫の生前葬。2人目の妻・安都子さんを交通事故で亡くした際、自らの葬儀も一緒に行うことにした。約2時間、裃(かみしも)を着けた…

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流されゆく日々

連載10109回 話を盛るということ

青島幸男や永六輔のように、みずから出演して人気を集めるタレント作家もいた。 (この項つづく) ――協力・文芸企画…

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流されゆく日々

連載9968回 永六輔の残したもの

(この項つづく) ――協力・文芸企画…

桝井論平さん(左はTBSのパーソナリティ時代)

あの人は今こうしている

TBSの名物DJだった桝井論平さん “平和”を訴え小論執筆も

ビックリして振り向いたら、永六輔さんじゃないですか。ボクは午前3時10分から始まる第2部担当で、1部が永さんだった。帰りのタクシーでボクの絶叫放送を聞き、肩に力が入り過ぎてると心配し、引き返して来てくださったんです。それまで局アナの意地にかけて永六輔には負けられないと思ってたのが、いっぺんで永さんに心酔し、大恩人になりました」 ちなみに、大恩人はもうひとりいて、哲学…

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流されゆく日々

連載10053回 戦前 戦中の短い記憶

そこからスタートした永六輔や野坂昭如ほか、数多くの才能を育てた現場が冗談工房だった。 私が生まれた1932年(昭7)は、満州国建国の年だ。五・一五事件があり、ヨーロッパではヒトラーの躍進があった。それからの10年足らずが、いわゆる戦前期といっていいだろう。国民歌謡の全盛期である。新聞社や出版社が争って国民歌を公募して、人びとは争ってそれに応じた。ある意味では、歌の全…

「石取祭」で太鼓をたたく若者

新・お出かけ紀行

世界遺産登録 400年続く“日本一うるさい祭”へ

永六輔さんがテレビ番組で見学し、「日本一やかましい祭り」と紹介。その後も何度か足を運んだという。日刊ゲンダイ本紙記者も祭りの喧騒におぼれた。 8月の第1日曜日とその前日の土曜日に行われる「桑名石取祭」は、丸2日、43台の祭車が昼夜通して、鉦や太鼓を鳴らし続ける騒々しい祭り。2007年3月には、「桑名石取祭の祭車行事」の名称で「国指定重要無形民俗文化財」にもなった。 …

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流されゆく日々

連載10015回 旅の始めはCMソング

学生時代からトリロー・グループの中核だった永六輔、のちにマネージャーをつとめた阿木由起夫(野坂昭如)などをはじめとして、才気あふるる若手が蟠踞していたのである。 その中からCMソング、ラジオ・テレビ番組、音楽制作など三つの分野が会社組織として組織されたのが三芸社だったらしい。らしい、というのは、私はその辺にはほとんど関心がなく、個人的に担当者との交流があっただけだっ…

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流されゆく日々

連載10005回 六〇年代をふり返る

永六輔、大橋巨泉、前田武彦、冨田恵子などの常連が、勝手に喋りまくる番組である。当時、私も文化放送でラジオ番組の構成の仕事を始めた時期だったが、そもそも放送される内容はすべて構成台本があるのが常識だった。アドリブのように見えても、実はきちんと台本に書かれたものを演じるのだ。 しかし、『きのうの続き』は、どう聴いても即興としか考えられない自由さだったのである。もちろん当…

「ゆうゆう散歩」は9月いっぱいで卒業

腕の毛を剃り…番組卒業する加山雄三の“サプライズ”に衝撃

永六輔(82)は長年つとめたラジオのパーソナリティーを9月で降板すると思ったら、月曜夕方への枠移動で現役続行。橋田寿賀子(90)も情報番組の単独取材で引退表明かと報道されたが、ご本人はそれを否定。「まだまだ書きます」と鼻息が荒い。黒柳徹子(82)も26日の「徹子の部屋」の生放送で、しゃべっている最中にCMに入る音楽が流れ、「あっ、コマーシャルですね。私の話なんかど…

まだまだ現役/(C)日刊ゲンダイ

あの人は今こうしている

“韓国本マイスター”高信太郎氏が語る「ハングル語修得法」

その際、オレはハングルの独自のマスター法を考案し、それを永六輔先生が日本テレビの深夜番組で紹介してくださったら反響があり、出版社から本にしたいって連絡がきた。オレは自分をハングルの伝道師だと思ってるよ」 バラエティー番組のコメンテーターとしても活躍した高さんは、春風亭柳昇の弟子にして春風亭蛾昇の芸名を持ち、演芸通で知られている。 「春風亭昇太はオレが柳昇師匠に紹介し…

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