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田中角栄に関する記事

保阪正康氏

著者インタビュー

「田中角栄と安倍晋三」保阪正康氏

田中角栄ブームが続いている。一方で安倍政権への支持は衰えを見せない。そうした中、田中と安倍晋三を対比させたのがこの本だ。著者は執筆の動機を「政治の劣化」と説明する。 「戦後の首相で昭和時代と平成時代は大きな違いがあると思うのです。この二十数年で政治家のレベルが少しずつ低下し、政治そのものが劣化した。その原因が昭和という時代に起因しているのではないかと思い、歴史を整理…

NEWSを読み解く今週のキーワード

【昭和の巨魁・田中角栄】昨今の政界のぶざまな体たらくの反動か、「あの」田中角栄に熱い注目が集まっている。

田中角栄に始まって政界なら中曽根康弘、竹下登、小泉純一郎らとの個人的な思い出をちりばめた人物列伝。その最初に登場する角栄は40年前、著者の初取材に驚くほど入念な準備をする人物だったという。当時の田原氏は40代初め。ジャーナリストとして一本立ちして売り出し中という程度だが、田中は田原氏の書いた記事をことごとく読んで取材に臨んだそうだ。要するにこれぞと見込んだ相手は肩書…

今日の新刊

「田中角栄を逮捕した男」村山治、松本正、小俣一平著

1976年、前首相・田中角栄がロッキード事件で逮捕された。このとき、マスコミ各社は特捜検察の捜査をキャッチできず、予定稿も用意されていなかった。「橋本逮捕」の予定稿があったのでそれを「田中」に書き換えたが、1カ所だけ「元幹事長」が残ってしまった。東京地検特捜部を指揮したのは副部長・吉永祐介だったが、84年、宇都宮地検検事正に任命される。吉永嫌いの伊藤栄樹東京高検検事…

「すべて自分の力でやるしかない」という気持ちを常に持っていた角栄氏

元秘書が語る 素顔の田中角栄

「全ての責任はこの田中角栄が背負う!」

「私が田中角栄であります。皆さんもご存じの通り、高等小学校卒業であります。皆さんは全国から集まった天下の秀才で金融財政の専門家ばかりです。かく申す小生は素人ではありますが、とげの多い門松をたくさんくぐってきており、いささか仕事のコツを知っているつもりです。これから一緒に国家のために仕事をしていくことになりますが、お互いが信頼し合うことが大切だと思います。したがって…

新書あらかると

「田中角栄 相手の心をつかむ『人たらし』金銭哲学」向谷匡史著

元宰相・田中角栄は、カネを「生き金」に変えて人の心をつかみ取る達人だった。その金銭哲学に学ぶ生き方テキスト。 誰に、どういうときに、いくら渡すか。カネの値打ちはこの3つで決まる。角栄は、入院中の政敵を見舞ったときに500万の札束入り袋を何も言わずにそっと置いて帰ったという。それも5回も続けて。感激した相手は退院後、田中批判をしなくなった。 相手が予想していた以上の金…

ベストセラー早読み

「天才」石原慎太郎著

その1年半前の74年11月、現役総理・田中角栄の金脈問題が追及され、田中内閣は退陣に追い込まれた。当時反田中派の急先鋒として金権主義を批判したのが著者だった。その著者が田中角栄を「天才」と称揚して、彼の人生を跡づけたのが本書である。 幼少期には吃音で苦労したが、それを自ら克服。進学を断念して上京し、夜間部の土木科で学びながら、やがて建設事務所を立ち上げる。戦後すぐに…

田中角栄

父・角栄をおもえば

「どんな境遇におかれ、つらい思いをしても天も地も人も恨まない」

私が田中角栄の息子だと知ると、アッという間に人垣ができます。写真を一緒にとせがまれたり、握手を求められたりすることも珍しくありません。 ■中国では今も好意的に取り上げられる 日本の若い人の間では、田中角栄は歴史のかなたに埋もれていますが、中国では今日においても天皇陛下の次に知られる日本人です。学校では72年の日中国交回復が教えられ、毛沢東と周恩来とともに、日中国交回…

亡き父の遺体を見届けることは叶わなかった

父・角栄をおもえば

死去の際は門前払い 騒いだら父の顔に泥を塗る

私は田中角栄の実子として正式に籍を与えられている立場です。亡き父の遺体を見届ける権利があります。姉はそんな私たちを門前払いして、父と孫娘が会する最後の機会を永遠に葬ったのです。周囲には300人を超える大勢の報道陣が詰めかけていました。「ここで騒いだら父の顔に泥を塗ることになる」とその場を去り、心の中で父と姉に永遠に別れを告げたのです。 ■直前に出演を断られた“角栄…

田中京

父・角栄をおもえば

田中角栄と辻和子の間に生まれ、齢64

私は1951年8月15日、終戦記念日と同じ日、父、田中角栄と神楽坂に住んでいた母、辻和子の間に長男として生まれました。現在、齢64になります。私の下には6歳違いの弟の祐がいます。 昨年、共同通信が行った調査では「戦後最も好きな政治家」の1位に父、角栄が選ばれました。父が逝ってから23年、今なお、多くの国民の皆さまから愛されていることに、不肖の息子の私ではございますが…

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新書あらかると

「丸山眞男と田中角栄」佐高信、早野透著

「戦後レジームからの脱却」を標榜し憲法改正に乗り出さんばかりの安倍政権を危惧する2人が、戦後日本を代表する知識人・丸山眞男と、国民の生活向上に邁進した政治家・田中角栄の足跡を振り返った対談集。 丸山と角栄は、住む世界が違い、接点がないように見える。だが、2人こそ「戦後民主主義の体現者」だという。戦争を引き起こした日本社会の特質について考察し、戦後という時代を解析しよ…

内田棟プロの大好物は牛肉

あの田中角栄を指導 99歳現役最年長プロ語る「長寿の秘訣」

軽井沢GCには、近くに別荘のあった田中角栄首相が夏になると毎日来ましたから、よく一緒に回りましたよ。ラウンドが終わって『明日は何時頃コースにいらっしゃいますか』と聞くと、『いつもどおり6時半にはクラブにいる』というのがお決まりでした。総理大臣のゴルフの先生なんて偉そうなもんじゃないが、いろいろアドバイスはしましたね」 さて、99歳を迎える内田プロ。長寿の秘訣は何か?…

週末オススメ本ミシュラン

著者だけが知るロッキード事件の真実

ロッキード事件で逮捕されるべきは田中角栄ではなかった。当時、衆議院議長前尾繁三郎の秘書をしていた著者はそう断言して、逮捕を免れた者の存在を明らかにしていく。その過程はまことにスリリングでドラマチックである。この本は2006年夏に出された「ロッキード事件――葬られた真実」(講談社)の改訂新版だが、そこに書かれた衝撃的事実に触れて、田中逮捕から30年目の同年7月27日付…

新潟選挙区を制した森ゆうこ氏

注目の人 直撃インタビュー

激戦の新潟で当選 森ゆうこ氏が語る「野党共闘」の成果

ラストサンデーの3日は、都市部を避け、JR浦佐駅近くの田中角栄像の前で街宣に立ちました。 田中角栄像の前で小沢先生が街宣するのは象徴的でした。今の自民党はかつての田中政治とは違う。国民の生活なんて何も考えていませんから。それに、浦佐駅付近の地域は農協や建設業者が多く、古くからの自民支持層がメーンです。今の安倍政治にはどこか違和感を持っている方も多いようで、小沢先生の…

木曜クラブのパーティーで(田中角栄・右端が竹下登)

元秘書が語る 素顔の田中角栄

オヤジさんが最も力を入れた政策は意外や教育

そこで何から始めたかというと、ここが田中角栄という政治家。教職員の待遇改善だった。昭和36年11月、政調会長の時に「教職員定数に関する法律」の制定に始まり、昭和38年12月、大蔵大臣時に「義務教育の教科書の無償」、昭和46年5月、幹事長時には「教職員給与に関する特別措置法」、さらに総仕上げのもととなる「義務教育諸学校の教職員の人材確保に関する特別措置法」を総理大臣…

政治家は「実践するために行動すること」

元秘書が語る 素顔の田中角栄

国民のためなら与野党の垣根もない

いま田中角栄が再脚光を浴びている理由とは何か――。石原慎太郎さんの小説「天才」が火を付けた部分も確かにあるが、私は強力なリーダーへの待望論が根底に潜んでいると思っている。オヤジさんの政治信条は常に弱者へのやさしい目線だった。それは博労の子として生まれ、貧しい子ども時代を経験していたからこそに違いない。 「俺の目標は、年寄りも孫も一緒に楽しく暮らせる世の中をつくるこ…

五木ひろし(左)の新曲を作詞した石原慎太郎氏

石原慎太郎氏 SMAP中居正広に再び怒り「訳がわからない」

同作は元首相の田中角栄を描いたもので、「今の日本は全部田中角栄がつくった。新幹線、各地の空港、高速道路……それをロッキード事件で葬った日本はバカだ!」と一喝。すると、返す刀で怒りは今月出演した「金曜日のスマイルたちへSP」(TBS系)へ。 番組で石原氏は登場するなり、中居正広(43)に向かって背後にズラリと並ぶ赤い服を着た女性陣を見て「なんなの、この人たち」とひと…

父・角栄をおもえば

政治は命懸けでするものと子供の私に刻印

安倍総理は持病を克服されて、政務に励まれていますが、父、田中角栄も子供の頃から吃音で悩んでいました。演説をするときは片足をぴょんぴょんと動かしながら、ダミ声で話しましたが、貧乏ゆすりのように片足を動かして話さないと、スムーズに話せなかったのです。片足を動かすことで、その足に緊張感がいき、吃音を克服できました。 その他にも甲状腺機能障害に生涯悩まされて、人知れず病気と…

息子にとって人生の師匠のような存在だった

父・角栄をおもえば

親父、あなたを殺したのは私です。許してください

父、田中角栄は総理の座を追われた後も、140人の国会議員を率いる最大派閥を背景に、大きな政治力を持ち続けました。マスコミはその後に続いた内閣を、「角影内閣」と揶揄して、いつまでも国政に影響力を持ち続ける田中角栄を批判。「後継者が育たないから辞めろ」との非難も受けました。しかし、父は「冗談じゃない、後継者の準備もしないで辞められるか」と反論しました。 生前、父に政治家…

「今の政治状況はかなり危険水域」と不破哲三氏

私の四十年前から今を見る

不破哲三共産党前議長「70年代の自民党は傲慢ではなかった」

それを突き付けると、田中角栄首相は完全に「参りました」となり、原潜の入港は183日間ストップしました。 後に米国務省が公開した資料を見ると、当時のキッシンジャー国務長官は「早く解除しろ」と日本政府に強く迫っていたようですが、田中内閣は頑張っていましたね。今の安倍政権は米国の言いなりですが、70年代当時の日本政府は米国に対してもある程度、気概を持って対していたのです。…

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流されゆく日々

連載10166回 また極寒の夏がきた

わが国でも田中角栄氏あたりは、かなり冷房をきかせても平気だったにちがいない。扇子をバタバタさせながら、ハンカチで汗をぬぐっていた姿が懐しい。 冷房の効かせすぎは、高度成長期の遺物である。超高齢社会にはふさわしくない。なんといっても夏は暑いのが自然である。冷えすぎは体にもよくないと思う。 最近は季節が逆になってきた。真冬にも寒さを感じず、真夏も暑さをおぼえない。昔か…

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