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寺山修司特集

「星の王子さま」の稽古風景/(C)日刊ゲンダイ

ピンク・レディー未唯mie 寺山修司作品で男装の麗人に

「1984年に寺山修司さんの1周忌公演『時代はサーカスの象にのって’84』で主演させていただいているんです。今回、2月の『宝島』に続いて30年ぶりに寺山作品に連続出演することになったのは不思議な巡り合わせを感じます」 こう話すのはピンク・レディーの未唯mie。11日から池袋・東京芸術劇場シアターウエストで始まる青蛾館30周年記念公演 「星の王子さま」に主演。とあるホ…

エキゾチックな容姿が忘れられない

あの人は今こうしている

20歳で芸能界引退 “伝説”フラワー・メグさんは離婚後に復帰

寺山修司さんや唐十郎さん、谷川俊太郎さんなどがクラブ運営に協力し、石原慎太郎さん、横尾忠則さんなんかが出入りされてた。ホステスは全員シースルー。ダンサー兼任だったワタシはトップレスにパンティー1枚でエロチックなショーに出てました」 その評判を聞きつけた平凡パンチの編集者がまだ若手だった写真家・長友健二に撮影を依頼。メグさんの妖艶なカラーグラビアはたちまち人気沸騰…

NHK大河「国盗り物語」にも出演/(C)日刊ゲンダイ

あの人は今こうしている

「ケチで有名になるくらい倹約」していた俳優・山谷初男は今

寺山修司の天井桟敷や蜷川幸雄、美輪明宏演出の舞台に数多く出演し、また、秋田県出身、東北弁を交えた素朴なしゃべりで聞く人を魅了した。しかし、最近は見る機会が減った。今どうしているのか。 「去年、(高倉)健さん、(菅原)文太さんが相次いで亡くなったのはショックだったね。あの人たちは若い頃からとっても忙しかった。その疲れが今になってドッと出たんだな。オレも同世代だけど、…

グラスを片手に語る“演劇的酒人生”

今だから語れる涙と笑いの酒人生

稽古後は仲間と激論 流山児祥さん「演劇と酒とは不可分」

■酒を飲まない寺山修司が乾杯の音頭 とくに俺たちの仕事って、生身の肉体を使って表現するんだから、うわべだけ飾るなんてもってのほか。ある面、純粋なんだと思う。そんな中で一番印象的なのが演劇実験室◎天井桟敷を主宰していた作家で歌人でもある寺山修司さん。 70年12月に渋谷の喫茶店に呼び出されて以来の付き合いだったけど、俺が作った「演劇団」が79年に第1次解散した際のパ…

作曲家・田中未知さん(左)と橋本美香さん

今あるのはあの人のおかげ

「その癖やめて」元アイドル橋本美香に恩人からの名助言

2カ月後に私が司会をする寺山修司音楽祭が控えており、その顔合わせの席です。もちろん、未知さんが寺山さんのパートナーだったこと、寺山さんと組んで数多くのヒット曲を送り出した作曲家だということは知っていました。私にとっては雲の上の人。緊張しましたが、最初の一言に肩の力が抜けました。未知さん、私にこう言ったんです。 「きょう、ここに来る前に、あなたとの相性を占ってきたらピ…

週末に読みたいこの1冊

「詩人の死」正津勉著

北村透谷から寺山修司まで、今なお読み継がれる珠玉の詩を残して足早にこの世を去った詩人たちの作品と、その死までの足跡をたどった一冊。 北村透谷の死の予兆を彼の詩の変化に見いだし、石川啄木の詩に織り込まれた舶来化した言葉の中に絶望しきった悲しさを読み取る。「どうも間もなく死にそうです」とつづった宮沢賢治、「死と私は遊ぶ様になった」と書いた村山槐多、「人はお墓へ入ります」…

シンガー・ソングライターの小椋佳さん

喜怒哀楽のサラリーマン時代

小椋佳さん 銀行員になると決めたとき「くだらない人生になる」と悟った

たまたま寺山修司さんと巡り合って、音楽という表現の場を持てただけ。努力ではなかったですね。 入行後、最初に赴任したのは銀座支店でした。1~2年は内部事務の仕事を転々と回されるのが習わしです。そうやって仕事を覚えていくわけですが、新入社員のころの僕は厄介者でした。ロクに仕事もせず、女子行員に「銀行なんて早くやめちまえ」って怪文書を回したりしていたんです。(つづく)…

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流されゆく日々

連載10006回 六〇年代をふり返る

寺山修司がいた。阿部薫がいた。世の中全体が梁山泊みたいなものだった。しかし、今いくら固有名詞や出来事を列記しても、当時の空気は再現されることはない。年表はしょせん事後報告書に過ぎないからである。 60年代の後半、私は自分の中で忘れ難い2冊の本を書いた。今ではもう忘れ去られてしまって、憶えている読者もいないだろうと思われる小説だ。『白夜草紙』と『デラシネの旗』というの…

ザッツエンターテインメント

浅草通になれる本特集

それでも寺山修司は街はずれの見世物小屋を舞台に「浅草放浪記」を発表、日常からはタブー視された大衆社会としての浅草を描き、ビートたけしは渥美清、萩本欽一らがテレビ界へと去った浅草演芸最後の残り火を「浅草キッド」で活写した。 もっとも著者らの主眼は、今日の浅草はかつて文芸作品に描かれた「大衆」の町ではなく、もはや単なる「消費者」の町になり果てたのでは、という問題提起でも…

高橋洋子

高橋洋子「のっぴきならない人生で」

「寺山さん…」とバカな独り言を言って書き進めた

「ある競馬雑誌が寺山修司さんの追悼特集を組んでいて、寺山さんが生前書かれた『旅路の果て』のエピソードを用いたエッセーが載っていたんです。寺山さんとは天井桟敷の舞台で朗読劇をさせていただいたり、映画『さらば箱舟』(84年)に出させてもらった思い出深い方。ちょうど苦しみながら執筆している時にこのエッセーに出合ったので運命みたいなものを感じて……。窓を開けて星を見ながら…

高橋洋子

高橋洋子「のっぴきならない人生で」

ひと言でいうと“へたくそ”なんですよ、生き方が

でも、寺山修司さんは『小説を書いた女優をだね、使ってみたいと思うのは僕ぐらいなもんだよ』と余裕をもって言ってくれましたが、使う側にとっては扱いづらい存在になってしまったんでしょうね。本当は役者をやりたいくせに事務所に所属しなかったり。長期的なビジョンが立てられず、目先のものばかりを追いかけちゃう。ひと言でいうと、へたくそなんですよ、生き方が(苦笑い)」 13年ぶりの…

10年にはジョン・F・ケネディー・センター芸術金賞を受賞した

罵声と灰皿と胃薬と 蜷川幸雄さん“強烈演出”の裏に深い愛

余談ですが、政治活動とは距離を置いた劇作家の寺山修司とは反発して生前はほとんど没交渉でしたが、寺山の死後、寺山作品『身毒丸』を演出し、ヒットさせた。同時代に演劇活動をスタートさせた2人の不思議な因縁も感じます」(演劇ジャーナリスト・山田勝仁氏) 蜷川演出によって演技を開花させた役者は数え切れないほど多いが、東山紀之、木村拓哉、森田剛、岡田准一などジャニーズ事務所のタ…

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観ずに死ねるか

サード(1978年 東陽一監督)

映画の脚本を担当した寺山修司は原作にない場面をつけ加えた。サードが夢に現れたテニス部から「新聞部が結婚したのでお金がどこにあるか分からない。私はあのときのお客さんと一緒に暮らす」と知らされるシーンだ。いやはや、女はたくましい。一方、男たちは自由という幻想を求めながら、皮肉にも囚われ人となった。青春の残酷さが際立つ展開だ。 風俗関係者によると、テニス部のように風俗嬢が…

昨年の東京国際映画祭の様子

コンペ部門に初の「邦画3本」 東京国際映画祭に2つの変化

旧作では高倉健や寺山修司の作品、「平成ガメラ」など。気楽にブラッと出かけられる映画祭に変身していってくれるとありがたい。 (映画ジャーナリスト・大高宏雄)…

「タモリと戦後ニッポン」著者の近藤正高氏

「パロディーにあらず」 ウオッチャーが語る“タモリ芸”の原点

そもそもパロディーは特定の対象があって初めて成立するはずですが、タモリの芸のレパートリーには寺山修司など有名人のモノマネがある一方で、中国人やNHKのアナウンサーなど特定の誰かを対象にしないモノマネも多い。『ヨルタモリ』で素人参加のモノマネ番組のコントがありましたが、そこではタモリがどこの誰とも知れない素人に扮した上、しかも披露するモノマネの対象がことごとく誰も知ら…

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今日の新刊

「文学者掃苔録図書館」大塚英良著

詩人、劇作家の寺山修司は「墓は建ててほしくない。私の墓は、私の言葉であれば、充分」と言ったが、死後、母の手で高尾の山ふところに墓が建てられた。今は相克を繰り返した母と一緒に眠っている。(原書房 2800円+税)…

53歳になったばかりの高橋ひとみ

暴露トーク連発 女優・高橋ひとみが狙う“第2の鈴木砂羽”

かつて「天井桟敷」の寺山修司に寵愛された美人女優の新境地といったところか。…

食べていけるかなと思ったのは40歳/(C)日刊ゲンダイ

役者・芸人「貧乏物語」

家賃7000円さえ払えず親肩代わり…廣木隆一監督の赤貧時代

寺山修司さんに興味があって、講義を聴きたくて行ってました。 福島県郡山市から上京し、2浪して大学の国文科に在籍していたんですけど、国文学に興味があったわけでもなければ、将来何をしたいという指針もなかった。しかし、そこに来てるほかの学生たちと出会って、それまで見るものと思っていた映画を作ることができるんだっていう可能性が出てきたんです。 でも、どうやって映画監督になる…

19人の音楽陣と俳優30人が集結/(C)日刊ゲンダイ

見世物オペラ劇「身毒丸」 37年ぶりにオリジナル版が復活

今年は詩人、歌人、劇作家、演出家、映画監督、競馬評論家とマルチに活躍した天才・寺山修司生誕80年。さまざまな記念イベントが展開されるが、第1弾は「演劇実験室◎万有引力」による舞台「身毒丸」。 これは78年に紀伊国屋ホールで、寺山の主宰する「天井桟敷」によって上演されたもので、寺山の死後は、蜷川幸雄演出で再演を繰り返し、寺山作品の商業演劇化ではもっとも成功した舞台とい…

酒と作品は切っても切れない関係/(C)日刊ゲンダイ

今だから語れる涙と笑いの酒人生

映画監督・池島ゆたかさんが振り返る「酒と女と芝居と映画」

その後、寺山修司さん主宰の「演劇実験室・天井桟敷」に参加したのを皮切りに、以後10年以上、ドップリと芝居一筋。カッコよく言えば演劇青年、現実は貧乏な若手役者でした。 金がないのに、稽古が終わったら必ずといっていいほど安居酒屋へ繰り出す。早大近辺から高田馬場にかけては、1000円もあればヘベレケになれる店が多いしね。 でも、注文するのは酒だけ。いつもピーピーしてるから…

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