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「篠山紀信 ヘアヌード」に関する記事

最後まで女優だった

中森明夫氏 川島なお美さんを追悼「僕たちの世代の女神です」

篠山紀信が「GORO」の激写で撮ったはちきれそうな肢体は、当時の野郎どもの股間を直撃だった。川島なお美の水着グラビアに「お世話になった」80年代ボーイズはそれこそ無数にいるだろう。 81年、青山学院大学在学中に文化放送のミスDJリクエストパレードでデビュー。「聴くっきゃな~い!」という甘ったるい口調で人気に。女子大生ブームの火付け役となった。……が、その後、カンニン…

美貌は健在/(C)日刊ゲンダイ

あの人は今こうしている

人気グラドルだった井上晴美 今は熊本でプロパンガス生活

95年12月公開の映画「82(ワニ)分署」で初主演し、99年には篠山紀信撮影のスキンヘッド・ヘアヌード写真集が評判を呼んだ。 「丸刈りしてから3カ月ほどロンドンで生活したんです。現地ではパンクロック好きの女の子にモッテモテ。外出するたび追っかけられ、おちおちショッピングもできませんでした」 その後はミステリードラマを中心に女優活動。07年からは子育てを優先していた。…

絶賛/(C)日刊ゲンダイ

すっぽんぽんで…篠山紀信ベタ褒め 筧美和子撮影秘話

火付け役は写真家の篠山紀信氏(73)。久しぶりに手がけた写真集「ヴィーナス誕生」(幻冬舎)は先月、発売と同時に大きな注目を集めた。被写体は筧美和子(20)。まだ無名のアイドルにどんな思いでカメラを向けたのか。篠山氏と共に“女性の素顔”に迫ってきたアイドル評論家の中森明夫氏が聞いた。 ■グラビア写真界に物申す! 中森明夫(以下中森) かつて、写真家・篠山紀信はヘアヌー…

展覧会の惹句も篠山が書いている

篠山紀信 ヌードと快楽を語る

辞書に引退の二文字はなし「僕は基本、やんちゃ」

写真界の巨人・篠山紀信。彼は今、猛烈にアグレッシブだ。東京・品川の原美術館をジャックして全裸美女らの乱舞する「快楽の館」の宴を開く。極上のヌード写真の数々を「この春、10日間で撮影した」という。驚いた。この老マエストロの異様な元気さ! 何か独自の健康法でもあるのだろうか? 「いやあ、僕は基本、やんちゃなんだよね。枯れるとか、老獪になるっていうのがよく分からない。なん…

矢吹春奈(左)と撮影した篠山紀信

スタッフは全員“オネエ” 矢吹春菜が初ヌード写真集を語る

撮影は写真界の巨匠・篠山紀信(75)。かつて表紙を飾る雑誌が軒並み完売したことから「完売クイーン」と呼ばれた矢吹だけに、今回も完売必至の様相だ。 ◇ ◇ ◇ 「ヌードになるなら今だな」と思って脱ぎました。新しいことがしたかったし、全然抵抗はありませんでした。脱ぐにあたり「篠山先生じゃないとヌードはやりません」と言ったら先生もぜひと。どんな写真集にしようという話をして…

宮沢りえ

今週グサッときた名言珍言

「心のマーキングする癖は、いまだに変わってない」(宮沢りえ/TBS「A-Studio」9月11日放送)

彼女のこうした「心のマーキング」作業が、タモリや蜷川幸雄、篠山紀信ら各界の“巨匠”たちに愛される秘訣なのだろう。宮沢はこう言う。 「才能あるクリエイターと出逢って、見たことのない自分になることは喜びであると同時に、恥ずかしさも伴うもの。その羞恥心を毎回、太くて大きなハンマーでたたき壊しているんです」(講談社「FRaU」15年7月号) 小学生の頃は「ハーフ」であるこ…

左:“りえママ”こと光子さん(日本雑誌協会代表撮影)

宮沢りえの母・光子さん死去…“一卵性母娘”の呪縛と壮絶秘話

写真家の篠山紀信に相談してヘアヌード写真集『サンタフェ』を仕掛けたのも、りえママの手腕です」(芸能ライター) 日本中を驚かせたのが貴花田(現貴乃花親方)との婚約発表(92年)と婚約解消だった。もちろん、そこにもりえママの姿があった。 「結婚して、おかみさんになったら芸能界を引退することが条件だったので、りえママが反対して破局してしまった。傷心のりえは中村勘九郎(当時…

日本を代表する女優に成長

プレイバック芸能スキャンダル史

世間騒然も本人アッケラカン 宮沢りえ「Santa Fe」発売騒動

国内の騒ぎをよそに、テレビドラマの撮影でカナダに滞在していた宮沢は21日に帰国し、撮影の篠山紀信とともに成田のホテルで会見を開いた。200人以上の報道陣が詰め掛ける中、宮沢は開口一番、「ただいま、大騒ぎになっててビックリ」と挨拶。写真集に関しては「百点満点、満足しています。早く人に見てもらいたいなあ」とアッケラカンとコメントした。篠山も「りえちゃんは全部きれい。目…

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