北上次郎
著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「黛家の兄弟」砂原浩太朗著

公開日: 更新日:

 冒頭近く、みやが新三郎の寝床に入ってくるシーンがある。

「だいじょうぶです--みやが、ぜんぶ教えてさしあげます」

 みやは5年ほど前から筆頭家老の黛家の屋敷に奉公している娘で、新三郎と同じ17歳。大目付、黒沢織部正の娘りくとの縁組を父清左衛門から言い渡された日の夜だ。

 りくは親友・圭蔵が気に入っていたので、新三郎にはためらいがある。身分違いなので、圭蔵は最初から諦めていたのだが、それでも新三郎にはうしろめたい気持ちがある。しかし、武士の縁組は家と家の結びつきなので、どうすることもできない。その夜、みやが忍んでくるのだ。それからすぐに、みやはいなくなる。嫁入りが決まったと聞いたが、なぜ自分と肌を合わせたのか、新三郎にはわからない。

 これでみやが物語から退場するなら、これは新三郎にとって青春のひとつの挿話にすぎない。しかし、ずいぶんたってから、みやは再登場する。こういうふうに、ちらりと出てくる脇役も絡み合うように物語が進展していくので、目が離せない。

 大目付の家に入るなら次兄の壮十郎だと思っていたのになぜ自分なのかと新三郎は思う。その次兄のこと。親友・圭蔵のこと。この2人はもっと密接に絡み合っていく。

 筆頭家老と次席家老の暗闘。3兄弟の絆。恋と友情の行方。さまざまな問題と波乱を含んで展開する物語の緊張感が素晴らしい。前作「高瀬庄左衛門御留書」に続く傑作だ。

(講談社 1980円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    西武激震!「松井監督休養、渡辺GM現場復帰」の舞台裏 開幕前から両者には“亀裂”が生じていた

    西武激震!「松井監督休養、渡辺GM現場復帰」の舞台裏 開幕前から両者には“亀裂”が生じていた

  2. 2
    貧打に喘ぐ阿部巨人…評論家・秦真司氏が危惧する「坂本勇人の衰えと過度な主力依存」

    貧打に喘ぐ阿部巨人…評論家・秦真司氏が危惧する「坂本勇人の衰えと過度な主力依存」

  3. 3
    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

  4. 4
    ロッテ4年10億円男・中村奨吾が“不良債権化”…ファンは怒り呆れ、SNSは批判の大喜利状態

    ロッテ4年10億円男・中村奨吾が“不良債権化”…ファンは怒り呆れ、SNSは批判の大喜利状態

  5. 5
    西武・渡辺GM兼監督代行が「現場目線」のトレード模索 12球団ワースト貧打は松井監督時代より悪化

    西武・渡辺GM兼監督代行が「現場目線」のトレード模索 12球団ワースト貧打は松井監督時代より悪化

  1. 6
    伝説のサラリーマン投資家 日本株はバブルと呼ぶには程遠い「儲けるチャンスは大あり」

    伝説のサラリーマン投資家 日本株はバブルと呼ぶには程遠い「儲けるチャンスは大あり」

  2. 7
    眞鍋かをり「野党は文句しか言っていない」にツッコミ猛拡散 イベントで小池都知事と同席の過去

    眞鍋かをり「野党は文句しか言っていない」にツッコミ猛拡散 イベントで小池都知事と同席の過去

  3. 8
    “投手”大谷の「球速低下」と「二刀流断念論」との戦い…2度目手術後は“選手寿命激減”と米論文

    “投手”大谷の「球速低下」と「二刀流断念論」との戦い…2度目手術後は“選手寿命激減”と米論文

  4. 9
    蓮舫氏の東京都知事選出馬に右往左往、毒舌批判する《#パニックおじさん》って何だ?

    蓮舫氏の東京都知事選出馬に右往左往、毒舌批判する《#パニックおじさん》って何だ?

  5. 10
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」