「イラク水滸伝」高野秀行著
「イラク水滸伝」高野秀行著
「水滸伝」は中国四大奇書のひとつ。宋の時代、宋江を首領とする豪傑(好漢と呼ばれる)たちが、湿地帯の拠点「梁山泊」にたてこもって政府にたてつく物語だ。
反権力的でアナーキーな現代の梁山泊が、中東イラクにあるらしいと新聞記事で知った著者は、この目で確かめようとイラクへ旅立つ。メソポタミア文明発祥の地、チグリス・ユーフラテス川の合流点付近に広がる謎の巨大湿地帯を舟でめぐるという大胆な計画だった。イラクに入国するだけでも難しいのに、目的地の手がかりはほとんどない。
手始めに日本に住むイラク人と友達になり、そのつてを頼ることにした。著者の大学探検部の先輩で世界中の川下りをしている環境活動家・山田高司氏を隊長に据えた。隊といっても2人だけ。
湿地を移動するには舟がいる。現地には昔ながらの舟大工がまだいるらしい。まず舟大工を探して舟をつくってもらおう。こうして、果敢にして杜撰な旅が始まった。
旅の詳細を記録したこのノンフィクション大作、無類に面白い。「鯉の円盤焼き」をはじめとするイラク料理のうまそうなこと! 客人をごちそう責めにする過剰なホスピタリティーはしばしば予定を狂わせる。舟大工の仕事はかなりアバウトだが、舟はちゃんと浮かぶ。古代宗教マンダ教が現存し、水牛を飼う湿地民のライフスタイルは昔のまま。
カオスの中を旅するうちに、好漢たちが姿を現した。フセイン政権時代、湿地帯でゲリラを率いて戦った「湿地帯の王」は熊のような体格で迫力満点。湿地の町の頭領は機関銃のようによくしゃべる。みな、ただ者ではなかった。
湿地は、昔からアウトローやマイノリティーが逃げ込む場所だった。そこでは、自然と文明、古代と現代、権力と反権力が混沌とせめぎ合っていた。写真と隊長による民族学的図解が豊富で、著者と一緒に未知の世界を旅した気分が味わえる。 (文藝春秋 2420円)