金井真紀
著者のコラム一覧
金井真紀文筆家・イラストレーター

テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て2015年から文筆家・イラストレーター。著書に「世界はフムフムで満ちている」「パリのすてきなおじさん」「日本に住んでる世界のひと」など。

「不機嫌な英語たち」吉原真里著

公開日: 更新日:

「不機嫌な英語たち」吉原真里著

 先日、トークイベントでこんな質問が飛んできた。「金井さんは海外で取材をしますが、外国語はいくつできるんですか?」。正直であるべきだと力んだ結果、わたしは正直に答えすぎた。「外国語はできないので、金で解決しようと思っています」って、成り金か。

 語学を身につけて海外取材に生かせたらと夢見た時期もあった。しかし人生は短く、この世は役割分担だ。自分で語学を習得するよりも、語学の達人に通訳費をお支払いしたほうが絶対にいい。なにより通訳者とのやりとりが楽しい。そう気づいた日から「外国語は金で解決」の方針である。

 さて本書はハワイ大学教授の吉原真里さんがつづった「半自伝的私小説」。親の転勤で突然カリフォルニアの小学校に放り込まれた少女時代のすごーく意地悪な気持ちの揺らぎも、ベトナム出身の男性といくつもの場所と時間を重ねていく恋の物語も、生々しくてドキドキする。固有名詞や大事なセリフが英語になっている仕掛けは新鮮でリアル。でもこれはエッセーではなく私小説という枠組みだから書けたのかも、と想像しながら満喫した。

 もっとも心に残った章は「ニューヨークのクリスマス」。友人たちと出かけたニューヨークでちょっとしたトラブルに見舞われ、意に染まない通訳をさせられた顛末を描いた一編だ。おそらく通訳を経験したことがある人なら、この悲しみに覚えがあるのではないか。

 わたしが咄嗟に口走った「金で解決」という表現の下品さと暴力性を改めて思う。ふたつの言語を使いこなすとき、その人は双方の立場の板挟みになる。その奥行きこそが本書の読み応え。(晶文社 1980円)

【連載】金井真紀の本でフムフム…世界旅

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

  2. 2
    本来は「9月左翼構想」だが…大谷が打てば打つほど手術明けの外野守備は前倒しの気配

    本来は「9月左翼構想」だが…大谷が打てば打つほど手術明けの外野守備は前倒しの気配

  3. 3
    訪日客狙い“奥日光2泊3日400万円ツアー”のアテが外れた理由

    訪日客狙い“奥日光2泊3日400万円ツアー”のアテが外れた理由

  4. 4
    「いまだに、ああいうスタンスは何なのだろうと…」当時の山田GMが首をひねった図太い神経

    「いまだに、ああいうスタンスは何なのだろうと…」当時の山田GMが首をひねった図太い神経

  5. 5
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  1. 6
    真美子夫人も共同オーナーに? 大谷「25億円別荘購入」の次は女子プロバスケチーム買収か

    真美子夫人も共同オーナーに? 大谷「25億円別荘購入」の次は女子プロバスケチーム買収か

  2. 7
    大谷「DH独占」打ちまくり、週間MVPも…他の野手を休ませられないロバーツ監督のジレンマ

    大谷「DH独占」打ちまくり、週間MVPも…他の野手を休ませられないロバーツ監督のジレンマ

  3. 8
    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

  4. 9
    東山紀之社長の鉄面皮「SMILE-UP.」の体質は旧態依然…進まぬ被害者補償に批判と失望

    東山紀之社長の鉄面皮「SMILE-UP.」の体質は旧態依然…進まぬ被害者補償に批判と失望

  5. 10
    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間

    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間