“世紀の誤審”で大鵬が発した「あんな相撲を取った俺が一番悪い」の意味

公開日: 更新日:

「混濁」の夏場所は照ノ富士の優勝で幕を閉じた。日本相撲協会はやれやれだが、3大関の不振や判定をめぐる疑問など後味の悪い場所だった。

 千秋楽の結び前で貴景勝正代を突き落として軍配をもらった後、途中で足が出たのではと物言いがついた。差し違えなら大関全員負け越しとなるが、それでも疑問を残すより物言いをつけようということだろう。

 今場所、微妙な勝負に物言いがつかず批判された取組が続いた。8日目の豊昇龍-正代戦もそのひとつ。軍配は正代の寄り倒しに上がったが、土俵際で左へ回り込もうとした豊昇龍に分があるように見え、物議を醸した。

 すぐさま豊昇龍にツイッターでゲキを飛ばしたのがおじの朝青龍さんだ。

「完璧な相撲、モンク無しの取り組みやれ!俺みたいな」(原文ママ)

ビデオを参考にする契機ともなった「世紀の誤審」

 こんな時、しばしば1969年春場所2日目、大鵬が戸田に敗れて連勝が45で止まった一番が話題になる。ビデオを参考にする契機ともなった「世紀の誤審」。

 取組後に大鵬が「あんな相撲を取った俺が一番悪い」と言ったことも、名横綱の潔さと相撲の何たるかを表す言葉として語り継がれている。

 だが、当時を知る大先輩記者からは「実際はそんなもんじゃない。カンカンだったよ」と聞いた。

 確かに新聞にも「俺は残っていたと思った」との談話や、顔がこわばっていたとの記述がある。

 翌3日目の朝刊には、戸田の足がはっきり俵を踏み越している写真も載った。その日の長谷川戦は立ち合いからいらつき、張り手の応酬も見せた。

 記事には「淡々となれって、そうはいかない!」との言葉がある。そして5日目から高熱で休場してしまった。

 親方になってから取材した大鵬さんの怒りっぽさを見て、当時の様子が目に浮かんだ。それくらい血の気がなくては横綱は務まらない。「あんな相撲を……」は、横綱としての大見えだろう。

 大鵬だって怒ったのだ。白鵬(現間垣親方)のように「子どもでも分かる」とまで言ってはいけないが、力士が微妙な判定に愚痴をこぼすぐらいはあっていいと思う。

 しかし、感情と反省をきちんと分けて次へ踏み出す時、大鵬の言葉は別の意味を持つ。まさに朝青龍さんのゲキ。文句なしの相撲を取れるようになれ。それが横綱だ。これをバネにしろ──。

 八角理事長(元横綱北勝海)も「横綱になる人には、意地とでも言うのか、コンチクショウという気持ちが必要なんだ」と言ったことがある。表現はそれぞれ違うが、なまじ神格化して大鵬の言葉を潔さと解釈するよりもずっと、横綱たちの人間味と強さを感じる。

若林哲治(わかばやし・てつじ) 1959年生まれ。時事通信社で主に大相撲を担当。2008年から時事ドットコムでコラム「土俵百景」を連載中。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    西武激震!「松井監督休養、渡辺GM現場復帰」の舞台裏 開幕前から両者には“亀裂”が生じていた

    西武激震!「松井監督休養、渡辺GM現場復帰」の舞台裏 開幕前から両者には“亀裂”が生じていた

  2. 2
    貧打に喘ぐ阿部巨人…評論家・秦真司氏が危惧する「坂本勇人の衰えと過度な主力依存」

    貧打に喘ぐ阿部巨人…評論家・秦真司氏が危惧する「坂本勇人の衰えと過度な主力依存」

  3. 3
    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

  4. 4
    ロッテ4年10億円男・中村奨吾が“不良債権化”…ファンは怒り呆れ、SNSは批判の大喜利状態

    ロッテ4年10億円男・中村奨吾が“不良債権化”…ファンは怒り呆れ、SNSは批判の大喜利状態

  5. 5
    西武・渡辺GM兼監督代行が「現場目線」のトレード模索 12球団ワースト貧打は松井監督時代より悪化

    西武・渡辺GM兼監督代行が「現場目線」のトレード模索 12球団ワースト貧打は松井監督時代より悪化

  1. 6
    伝説のサラリーマン投資家 日本株はバブルと呼ぶには程遠い「儲けるチャンスは大あり」

    伝説のサラリーマン投資家 日本株はバブルと呼ぶには程遠い「儲けるチャンスは大あり」

  2. 7
    眞鍋かをり「野党は文句しか言っていない」にツッコミ猛拡散 イベントで小池都知事と同席の過去

    眞鍋かをり「野党は文句しか言っていない」にツッコミ猛拡散 イベントで小池都知事と同席の過去

  3. 8
    “投手”大谷の「球速低下」と「二刀流断念論」との戦い…2度目手術後は“選手寿命激減”と米論文

    “投手”大谷の「球速低下」と「二刀流断念論」との戦い…2度目手術後は“選手寿命激減”と米論文

  4. 9
    蓮舫氏の東京都知事選出馬に右往左往、毒舌批判する《#パニックおじさん》って何だ?

    蓮舫氏の東京都知事選出馬に右往左往、毒舌批判する《#パニックおじさん》って何だ?

  5. 10
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」