グラウンドキーパー池田省治さん「ふかふかの絨毯を子供たちに体験させ、日本に芝生文化を根付かせたい」

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池田省治(グラウンドキーパー)

 サッカーW杯アジア2次予選は想定外の展開となったが、日本と北朝鮮の初戦は、試合内容とともに会場である国立競技場の芝生も話題になった。それまでの批判の声から一転、「だいぶきれいになった」といった称賛の声があがった。2019年の竣工時から管理を請け負う日本のグラウンドキーパーの第一人者に話を聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──過去には「芝生がダメで技術が発揮できなかった」といった選手の発言もありました。

 そういう場合、マスコミは必ずといっていいほど管理が悪かったと報道します。しかし忘れがちなのが、天然芝は自然の一環ということです。

 ──人工芝のように、一定ではない。

 われわれに与えられる条件は3つ。目的、予算、天候です。ややこしいのは天候で、いい天気ばかりとは限らない。温暖化の影響もあり、特に日照条件の悪いスタジアムは日照が少なく暖かいとなると、気温と光のバランスがより一層悪くなり、芝が上に上に伸びてモヤシのように細くなってしまう。それらに打ち勝つために、草の様子と天候を見ながら、毎回やり方を変えていくわけです。ただ、そうやっていても、試合数が増えるとなると、いやいやその予算じゃ厳しいですよ、運の悪い天候が来たら難しいですよ、となることもある。

 ──自然を味方につける必要がある?

 2007年、メジャーリーガーの松井秀喜選手が高いフライを打ち上げ、レフトが落球。エラーと記録されたのですが、その後訂正されてレフトへの二塁打となり、2000安打を記録しました。この時、米国のマスコミは「太陽光で目くらましで落とさせた。自然を味方につけた、松井の腕だ」と報じました。芝生も一緒で、天候によってさまざまな芝がある。ペルシャ絨毯もあれば、リーズナブルな絨毯もある。どんな絨毯だろうが関係なくプレーできる。それが屋外でプレーするフィールドスポーツです。

 ──「絨毯」という言葉が出てきました。

 芝生っていうのは、草でできた絨毯なんです。草の種類はなんでもいい。軟らかくて、転んでも痛くなくて、気持ちいい。それが芝生です。昔、日本ではどの家庭にも芝生があったんですよ。畳という芝生が。

 ──畳の原料は、草。

 イグサの絨毯ですよね。子供がハイハイしても、転んでも痛くない。ところが生活様式が変わって各家庭から畳文化が消えてしまった。

 ──転んでも痛くない場所って、なかなかありません。

 東京をドローンで空撮すると四角い砂漠がいっぱいあるんです。つまり、学校の校庭や幼稚園の園庭です。それくらい土のところが多い。子供たちが走り回って遊ぶ場所で、最も長時間いるのが校庭や園庭ですよね。それなら校庭や園庭を芝生化すると、子供たちは楽しく存分に遊べていいんじゃないかと思うわけなんです。

■浮き指と土踏まずの形成が正常に

 ──校庭の芝生化が子供のストレス反応低減、活動量増加、コミュニケーション能力向上などをもたらしたとの発表を読んだことがあります。

 ある幼稚園に行ったら、子供が大玉転がしの上に乗っていて、頭からグルンと回って行ったんです。でも、芝生で全く痛くないから、子供は笑って起き上がってくる。僕の仲間の大学の先生がいろいろ調査したら、園庭を芝生にした幼稚園の園児たちは、日頃から裸足で走り回って遊んでいるので、浮き指と土踏まずの形成が昔に戻って正常になった、と。

 ──ただ、費用や手間がかなりかかるとの意見がある。

 小学校の場合、児童1人当たり10平方メートル以上あれば、そんなにお金もかからず維持管理ができます。絨毯にするには草刈りをして面をつくってやらなければならないですが、日本の気候なら、おおよそ10日に1回くらい、冬だと少し回数が減るので年間20~30回ほど草刈りをすれば、維持できますよ。私は河口湖(山梨県)に住んでいて、庭に芝生があるんですが、年間20回も刈るかな。肥料もほとんどやっていないし、水なんてまいたことがない。プールを目の敵にするわけではないものの、夏の1~2カ月間しか使わず水道代もかかるプールには多大なお金を費やすのに、なぜ一年中使う校庭や園庭の芝生化となるとお金がかかると言い出すのか。

 ──雑草抜きも不要?

 雑草という言葉があるのは日本だけ。英語では全て「グラス」。雑草というのは、ゴルフ場からきている概念だと思いますね。ゴルフ経験がある方が芝生の校庭や園庭に来ると「雑草が生えている」と抜き出しますから。フカフカの絨毯のような芝生は、一種類の草でなくていい。適材適所に使うことが肝心なのです。例えば草の種類には、暑さに強いもの、弱いもの、寒さに強いもの、弱いものがあり、また育ちが早いもの、遅いものがある。

 ──育ちが遅いということは、回復も遅い。

 夏にたくさん使いたければ暑さに強いもの、よく使う場所には育ちが早いものを使う。日本で一番普及しているものに高麗芝があるんですが、これは耐久性があるが育ちが遅い。ところがバミューダという種類の草は、夏に強い上に育ちが早く、高麗よりも5~6倍地下茎が早く伸びる。平面になると5~6倍×5~6倍で30倍。そうなると、削れてしまった芝も早く埋められる。

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