湯浅誠
著者のコラム一覧
湯浅誠

社会活動家・法政大学教授。1969年、東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。著書に「ヒーローを待っていても世界は変わらない」「『なんとかする』子どもの貧困」など多数。ラジオでレギュラーコメンテーターも務める。

若者の青くささをバカにする世の中だからこそ

公開日: 更新日:

「漫画 君たちはどう生きるか」原作/吉野源三郎漫画/羽賀翔一マガジンハウス 1300円+税

 青くさい本だ。

 中学生にその叔父が教訓を垂れる。「ものの見方について」とか「真実の経験について」とか「人間の結びつきについて」とか。また、「偉大な人間とはどんな人か」とか「人間の悩みと、過ちと、偉大さとについて」とかだ。そして、損得にかかわることでも、自分を離れて正しく判断できるのが偉い人だとか、常に自分の体験から出発して正直に考えていけとか、貧しい人々を見下げるような心を起こすのは哀れむべきバカ者だとか、人間であるからにはすべての人が人間らしく生きていけなくては嘘だとか、言う。

 この世界規模でしのぎを削る、生き馬の目を抜くような資本主義の時代に、ちょっとでも気を抜いたら「使えないヤツはいらない」と言われるような結果がすべての世の中で、自己保身だけの「ミサイルマン」がいつ弾をぶち込んでくるかもしれないという緊迫した情勢の中で、「人間は調和して生きてゆくべきもの」だから不調和を苦しく感じるのだ、とか言われても響かない。そんなぬるいことを言っていては、世の中は渡っていけない。

 ――と現実の厳しさをわかっている人たちから一蹴されてしまいそうなこの本が、発売2カ月足らずでマンガと小説で100万部を突破したという。何が起こっているのか。

 岩波ブランドに反応するかつての青年層が主たる読者であろうことは容易に想像がつくが、それだけではないかもしれない。

 バブルの最中に「一杯のかけそば」がブレークしたように、結果がすべてだの、カネがすべてだの、現実を直視せよだのといった紋切り型に、私たちがウンザリしてきているのかもしれない。わかったわかった、あんたは厳しい現実を生きてきたのね、えらいえらい。で、人として、それはどうだったの? と。で、私たちにも、そのまま何も変えずに受け渡すの? と。人間らしいって、どういうことなの? と。

 世の中がこの本にあるような青くささからはるかに遠ざかってしまったので、正義のふるまいを果たせずに死にたくなってしまうような若者の青くささを小バカにしかできないくらいに神経がマヒしてしまったがゆえに、虚を突かれたような気分になって、多くの人が読んでいるのかもしれない。

 この本が最初に出た1937年は、満州事変から6年で、盧溝橋事件勃発の年。今年は東日本大震災と原発事故から6年で、「国難」の年。本当に大事なことって何だろう、と改まって考えてみたくなったとしても、それは現実の厳しさから目を背けることにはならないと思う。

【連載】おじさんのための社会凸凹読本

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    元横綱・白鵬に「伊勢ケ浜部屋移籍案」急浮上で心配な横綱・照ノ富士との壮絶因縁

    元横綱・白鵬に「伊勢ケ浜部屋移籍案」急浮上で心配な横綱・照ノ富士との壮絶因縁

  2. 2
    スッカラカンになって帰国のはずが…ラスベガスのカジノで勝った

    スッカラカンになって帰国のはずが…ラスベガスのカジノで勝った会員限定記事

  3. 3
    西武激震!「松井監督休養、渡辺GM現場復帰」の舞台裏 開幕前から両者には“亀裂”が生じていた

    西武激震!「松井監督休養、渡辺GM現場復帰」の舞台裏 開幕前から両者には“亀裂”が生じていた

  4. 4
    なぜ15大会のスポンサー企業は日本女子プロゴルフ協会に“抗議文”を送ったのか

    なぜ15大会のスポンサー企業は日本女子プロゴルフ協会に“抗議文”を送ったのか

  5. 5
    1場所4人じゃ終わらない…元横綱白鵬の旧宮城野部屋勢“廃業ラッシュ”はこれからだ

    1場所4人じゃ終わらない…元横綱白鵬の旧宮城野部屋勢“廃業ラッシュ”はこれからだ

  1. 6
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  2. 7
    石原裕次郎(13)慶応病院に入院…同乗したエレベーターを降りる際に掛けられた言葉

    石原裕次郎(13)慶応病院に入院…同乗したエレベーターを降りる際に掛けられた言葉会員限定記事

  3. 8
    ミス・インターナショナル 特派員協会で「涙の訴え」のワケ

    ミス・インターナショナル 特派員協会で「涙の訴え」のワケ

  4. 9
    (26)第3作「男はつらいよ フーテンの寅」では寅さんを地面に叩きつけた

    (26)第3作「男はつらいよ フーテンの寅」では寅さんを地面に叩きつけた会員限定記事

  5. 10
    元衆院議員・若狭勝氏は女帝と断絶して7年「今は本当に幸せ」

    元衆院議員・若狭勝氏は女帝と断絶して7年「今は本当に幸せ」