ポジティブ思考に疲れた人が読む本
「雑誌の人格2冊目」能町みね子著
何でもかんでも、やれ前向きだ、ポジティブ思考だと言えばいいってもんじゃない。たまには不謹慎、後ろ向き、自虐と諦めも必要だ。キラキラ輝く毎日を強要される息苦しい世の中で、ひそかにダメな自分も地味な自分も認めたい。そんな人におすすめの5冊を紹介する。
売り上げ激減で、青息吐息の雑誌業界に斬新なエールを送るコラム漫画本。漫画家だが文章を書く仕事も多い著者が、あらゆる雑誌の読者層を勝手にプロファイリングし、雑誌そのものを人格化するという試みだ。決してけなしたり、おとしめたりするのではない。むしろ褒め殺し。雑誌の特性を緻密に分析し、洞察力と想像力で漫画と文章で仕上げる手腕が秀逸である。
例えば、グルメ情報誌「東京カレンダー」は「食の蘊蓄を披露して尊敬されたい中年男性。周囲をイラつかせることもあるが本人は気にしない。心配は健康診断の数値」とある。「散歩の達人」は「教養が高く情報収集力があるが、若々しさや軽薄さはないため、中年~初老の男性にかなり好かれる女性」とある。納得。
ただし、マニアックな雑誌も多い。デコトラ愛好誌「トラック魂」に日本犬専門誌「Shi―Ba」、爬虫類・両生類飼育情報誌「VIVARIUM GUIDE」など。「こんな雑誌があるのか!」と興味をもたせ、売り上げ増に貢献している可能性も高い。(文化出版局 1500円+税)
「大阪のおばちゃんの人生が変わるすごい格言一〇〇」森綾著
高尚な僧侶が説く格言も、戦国武将が残した名言も、元テニスプレーヤーの熱弁も、大阪のおばちゃんにはかなわない。読後、圧倒的なほっこり感を得られ、明日のメシが楽しみになる。そんな効用がある大阪のおばちゃんの格言を100本掲載。大阪生まれの著者の解説とエッセーが絶妙に面白く、しかも心温まる。
誰とでも打ち解けて、和ませる例文を挙げよう。「飴ちゃん食べるか」(見知らぬ人や芸能人にも躊躇なく渡す)、「つばつけとこ」(青田買いを誇示するために指をなめて触れる)、「うちのベンツどこ行った?」(自転車を探すとき)、「うちはほんまは女優やからな」(褒められたときの照れ隠し)などなど。
本質を看破しても、相手の気分を害さず、子供は褒めずにたくましく育て、諦観と達観を持つ。そんな大阪のおばちゃんのベスト格言は「一升瓶やと思たらええねん」(一升瓶の中身は口まで入っていない。やや足りないから蓋が閉まる。総じて人は完璧ではない、皆ちょっと足りないの意)だ。(SBクリエイティブ 1200円+税)
「縄文人に相談だ」望月昭秀著
縄文時代のことしか載っていないフリーペーパー「縄文ZINE」の編集長が縄文人の相談員になって現代人のお悩みに答えるという荒唐無稽な一冊。さまつな悩みから深刻な問題まで計83件の相談事例を掲載。心の内を相談した当事者が本当に救われるかどうかはわからないが、読者はなぜかほっこり和む。基本は縄文人らしく、「悩みなんて全部まとめて貝塚にポイ」という豪快なスタンスだ。無意識のうちに「ああ、自分も縄文時代に生まれていればよかったなぁ」と思わせる危険性もある。
もうひとつの特徴は毒舌。森や自然を尊重する狩猟採集民族としての誇りを持ち、稲作を始めた農耕民族の弥生人を小バカにし、古墳文化をみっともない自己顕示欲とこきおろす。この毒舌が実は現代人のあさはかさを看破しているようにも見えるから不思議だ。自分勝手な愚問に対しても人としての優しさで諭す場面が随所に垣間見える。
正解が決してひとつではない平成の時代に、1万年続いた縄文時代の知恵。楽しくて新しい。(国書刊行会 1500円+税)
「煩悩ウォーク」岡宗秀吾著
スポンサーや大手事務所への配慮、暇なクレーマーの攻撃ですっかり萎縮したテレビ界。閉塞感しか感じない時代に、BSスカパー!で気炎を上げる番組「BAZOOKA!!!」が話題となった。企画したのは、フリーランスのテレビマンである著者だ。
1章は煩悩に満ちあふれていた著者の幼少期から20代の頃の奇譚集だ。ダイヤルQ2で遭遇した霊能者の女、ボーイスカウトにいた流暢な虚言癖の男子。奇天烈な体験を平坦につづるのがまた面白い。
2章は阪神・淡路大震災の体験記だ。21歳だった著者は、地震が起きたとき尼崎のラブホテルにいた。先輩と女子と3Pをした直後だったという。不謹慎と批判すべきではない。日常を一瞬にして破壊した震災を体験し、「人間いつ死ぬかわからない」と悟った著者。喪失感や悲しみだけではない、笑い飛ばす震災体験記には妙なリアリティーも。
3章は震災後上京し、テレビマンになってからの業界話だ。「何か表現したい欲」をこじらせている若者にはすすめてはいけない本、かもしれない。(文藝春秋 1600円+税)
「やらない理由」カレー沢薫著
漫画家でコラムニストのカレー沢薫の魅力は、ひと言では表現できない。SNSでは「自虐の神」と崇められている。毒舌だが誰ひとり傷つけない。かといってきれいごとは一切述べない稀有な書き手だ。限りなく後ろ向きな文章は理路整然、比喩は今の空気感を掴んでいることから、ネット民に絶大な人気を誇る既婚女性だ(昼はOLとして働く)。
今作では、世の中にあふれる「〇〇したいが××は嫌」というジレンマを独自に解説。やらないことを後悔せずに自己肯定する、というもくろみだ。
例えば「痩せたいが、食べるのを我慢するのは嫌」「お金は欲しいが、働くのは嫌」「浮気したいが、浮気されるのは嫌」などである。よく食う、働かない、浮気を反省するのではなく、言い訳と屁理屈で自己弁護していく。己のすがすがしいほどのクズ感をむしろいとおしいと思えるようになるはずだ。
一例を挙げたいが、部分的に切り取ると、うっかり説教くさい格言のように見えてしまうのでやめておく。非・前向きな言霊の数々に中毒者続出の本だ。(マガジンハウス 1100円+税)