「幻島図鑑 不思議な島の物語」清水浩史著
30年以上にわたって海と島を巡る旅を続けてきた著者による「幻島」旅のフォトガイド紀行。幻島とは、「はかなげで(人口が少ない。もしくは無人、無人化)、希少性(珍しい名称・フォルム、希有な美しさ、知られざる歴史)のある小さな島」と定義、いわば海に浮かぶ「泡沫のような島」だと著者はいう。
岩手県の山田湾の沖合に浮かぶ無人島の大島は、オランダ島ともいわれ、国土地理院の地図にも「大島(オランダ島)」と表記されている。江戸時代、遭難したオランダ船がこの島に漂着した史実からこう呼ばれるようになったそうだ。
かつて無人島の海水浴場として広く知られた島だったが、東日本大震災で施設が流され、現在は復興の途中にあるという。昨年夏、町の観光協会が主催した上陸ツアーに申し込むと、参加者は著者1人だけだった。帰りの船が出るまでの時間、著者は極上の白砂のビーチで海水浴を堪能、無人島を独り占めしたような感覚を覚えたという。
かと思えば、「エサンベ鼻北小島」という名前の響きに魅せられ、北海道・猿払村(宗谷郡)を訪ねると、地図に記載されている島が見当たらない。同島は領海や排他的経済水域の範囲を明確にするために政府が2014年、名無しだった島に新たに名前を付けた158の無人島のひとつだった。
地元の人に聞いてみても、その存在を知っている人はおらず、まさに幻の島そのものになってしまった(後に島は1988年の海図にも記され、実在していたことが判明。その詳細と消えた顛末は本書で)。
東京にも幻島はある。それも飛び切りに謎めいた島だ。その島は竹芝桟橋から神津島へ向かう航路の途中で見える「鵜渡根島」だ。周囲3.3キロの小さな島ながら、高さが200メートル以上もあるとがった山がつくり出す鋭角三角形のフォルムが、まるで絵に描いたような孤島の存在感を放っている。
伊豆諸島には無人島が数多くあるが、かつて人が住んだ記録があるのは3島だけで、鵜渡根島はそのひとつ。平坦地も湧き水もない島にわざわざ人が暮らし、神社まであるのはなぜか。明治時代に漁師をしていた20代の宇山長之助が母親と島に渡って暮らしたことが分かり、遺族などから話を聞き、その島に住んだ理由や当時の暮らしに思いを馳せる。
その他、艦首のように鋭い先端部と海面から30メートル近くまで一気にそそり立つ断崖で「軍艦島」の名を持つ「見附島」(石川県珠洲市)や、人口減少でかつて約260人の人口が2世帯3人に激減してしまった「六島」(長崎県北松浦郡)、盆栽の山のような形から名付けられたという「マルマボンサン」(沖縄県八重山郡)など。17の幻島を訪ね、島々と向き合い、島の楽しさや、美しさを満喫し、島が語り掛けてくる物語に耳を澄ます。
幻島を旅するということは「移ろいゆくものに気づきやすくなる行為、いわば自らの日常を見直す行為」といえると著者はいう。日本には7000もの島々がある。この夏、本書を片手に著者の旅をなぞるのもよし、自らの幻島を求めて旅に出るのもまた一興かも。
(河出書房新社 1600円+税)