「レンマ学」中沢新一著

公開日: 更新日:

 21世紀もすでに20年目になり、AI(人工知能)が人類の知能を超える転換点、シンギュラリティー(技術的特異点)が到来するであろう2045年も射程圏内に入ってきた。シンギュラリティーに関しては否定的な声も多いが、AIの発達が今後ますます加速することは確かだろう。

 著者いわく、古代ギリシャでは理性には2つの意味が同時に含まれていて、ひとつが「ロゴス的知性」の働き、つまり「事物を取りまとめて言説する」能力。もうひとつが「直観によって全体を丸ごと把握し表現する」という意味で「レンマ的知性」と呼ばれる。本来はこのロゴスとレンマの2つが共存していたのだが、いつの間にかレンマの方は忘れ去られ、ロゴス的知性のみ発達を遂げ、その究極的な形態がAIだ。

 本書は失われたレンマの鉱脈を掘り起こし、ロゴス偏重の思考様式に対抗すべく新たに「レンマ学」を起こそうという、極めて先鋭的なマニフェストだ。まず掘り起こすのは南方熊楠の粘菌研究。中枢神経を持たない粘菌は細胞全体のネットワークを用いて摂食の効率を最適化する計算をしている。このレンマ的知性に南方はいち早く注目していた。

 続いて大乗仏教の華厳経にレンマ学の諸原理を見いだし、さらにフロイト、ユングらが着目した無意識とレンマ的無意識の関係を考察し、数論、言語論、芸術論と、レンマ的知性が秘められているさまざまな鉱脈に触手を伸ばしていく。

 個々の論考は歯応えが十分で読み応えがあるが、本書で「チベットのモーツァルト」に始まる著者の〈精神の考古学〉を巡る探究の旅が、ある頂に到達したことは間違いないだろう。とはいえ、これはまだ掘り出されたばかりの原石だという。今後どのような研磨がなされるのか楽しみだ。 <狸>

(講談社 2700円+税)

【連載】本の森

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    スッカラカンになって帰国のはずが…ラスベガスのカジノで勝った

    スッカラカンになって帰国のはずが…ラスベガスのカジノで勝った会員限定記事

  2. 2
    ミス・インターナショナル 特派員協会で「涙の訴え」のワケ

    ミス・インターナショナル 特派員協会で「涙の訴え」のワケ

  3. 3
    なぜ15大会のスポンサー企業は日本女子プロゴルフ協会に“抗議文”を送ったのか

    なぜ15大会のスポンサー企業は日本女子プロゴルフ協会に“抗議文”を送ったのか

  4. 4
    宮迫博之の地上波復帰また遠のく…チバテレ番組ゲスト出演のはずが、収録済みでもソデに

    宮迫博之の地上波復帰また遠のく…チバテレ番組ゲスト出演のはずが、収録済みでもソデに

  5. 5
    巨人阿部監督を悩ます原前監督の尻拭い…FA組と主力の過渡期でよぎる高橋由伸政権時の再来

    巨人阿部監督を悩ます原前監督の尻拭い…FA組と主力の過渡期でよぎる高橋由伸政権時の再来

  1. 6
    竹内結子さん急死 ロケ現場で訃報を聞いたキムタクの慟哭

    竹内結子さん急死 ロケ現場で訃報を聞いたキムタクの慟哭

  2. 7
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  3. 8
    プロアマを“人質”にした協会の傲慢ぶりで伝統ある大会が消滅危機…3年前から続く対立構造の根本

    プロアマを“人質”にした協会の傲慢ぶりで伝統ある大会が消滅危機…3年前から続く対立構造の根本

  4. 9
    だれもが首をひねった 演技派俳優・古尾谷雅人の自殺の謎

    だれもが首をひねった 演技派俳優・古尾谷雅人の自殺の謎

  5. 10
    渡部建はキスなし即ベッド“超自己中SEX” 元カノ女優が激白

    渡部建はキスなし即ベッド“超自己中SEX” 元カノ女優が激白