「中高年ひきこもり」斎藤環氏
精神科医でひきこもり問題の第一人者である著者が、ひきこもりについての正しい知識と支援を伝える入門書を出した。
「私が最初にひきこもりについての本を書いた20年前は、ひきこもりの平均年齢は21歳くらいでした。それが、今や30代半ばになり、上は50代、60代までいます。内閣府の調査では、ひきこもりは115万人、そのうち40~64歳の『中高年ひきこもり』は61万人。こうした数字は実態よりも少なめに出る傾向があり、私の推定ではこの2倍はいます。かつてはひきこもりの9割程度が不登校経験者で、そのため思春期の問題だと考えられていました。ところが最近は、いったん社会に出て、仕事を辞めた後にひきこもる人が増えています」
「職場になじめなかった」「人間関係がうまくいかなかった」などをきっかけに離職し、40歳以上でひきこもる人が増えているのだ。当事者の高齢化やひきこもりの長期化は、80歳の親が50歳の子どもの世話をせざるを得ない「8050問題」をはじめ、孤独死、生活保護の大量発生など、さまざまな社会問題につながる。
これらを食い止めるためには正しい支援が必要で、その前提となるのは正しい知識と理解だ。本書で著者は、ひきこもりをめぐる誤解を解いていく。
第1に、ひきこもりの人は犯罪を起こす可能性が高いのか?
「昨年、中高年ひきこもりに関心が集まった事件が2つ起きました。1つは、ひきこもりを続けていた51歳の男が登校中の小学生らに刃物で襲いかかり、2人を殺害した川崎市の通り魔事件。もう1つが、元農林水産省事務次官がひきこもりの長男を刺殺した事件です。しかしこれらは約20年ぶりの事件です。何百万人もの集団にもかかわらず長期にわたって、ひきこもりが当事者となる大きな事件がなかったということは、ひきこもりは犯罪とほぼ無縁の集団と考えていいと思います」
他にも、「ひきこもりはネットやゲームばかりしている」「ひきこもりはスパルタで治る」など、世間に流布している10の誤解や偏見を著者は正していく。
「どんな社会でも、社会に適合できず、排除される人は出てくるわけですが、その排除の仕方は社会によって違います。たとえばイギリスやアメリカといった個人主義の国では、ホームレス化しやすい。一方、日本や韓国など家族主義的文化の国ではひきこもり化しやすい。そうした違いはありますが、社会から排除された人、孤立した人をどう支援するかは、世界共通の社会問題です」
支援にあたって大事なのは、ひきこもりを1つの「状態」だと認識することだ。
「今の日本社会でひきこもりになることは、誰にでも起こり得ることで、ニュートラルな状態だと認識することが大切です。治すべき病気とみなしたり、ましてや怠け、甘えとみなすと、支援を遠ざけます。ひきこもっている人がいても、他人があまり目くじら立てなければ、当事者は社会復帰しやすくなるはずです」
著者が目指すのは、「1億総活躍社会」よりも、「ひきこもっても大丈夫な社会」だ。苦しければ休み、他人に助けを求める。これが普通の社会になれば、ひきこもりは排除されなくなり、長期的にひきこもる人は減るだろうと説く。
「学校や会社には何が何でも行かなければいけない。人として生まれた以上、生産的であるべきで、何かしなければならない。そういった強迫観念が、これまで強すぎました。外出したくてもできない現在のコロナ禍は、それを見直すよい機会だと思います」
(幻冬舎 800円+税)
▽さいとう・たまき 1961年、岩手県生まれ。精神科医。筑波大学医学研究科博士課程修了。爽風会佐々木病院等を経て、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」の治療・支援ならびに啓蒙活動。著書に「世界が土曜の夜の夢なら」(角川財団学芸賞)、「社会的ひきこもり」「オープンダイアローグとは何か」「その世界の猫隅に」など多数。