「村上T 僕の愛したTシャツたち」村上春樹著
ノーベル賞の下馬評に挙がるような世界的巨匠ながら、著者ほどTシャツが似合う作家もいない。氏はコレクターではないが、目についてつい買ってしまったモノをはじめ、マラソンレースに参加した際の完走Tシャツ、旅先で着替え代わりに買ったご当地Tシャツなど、「ついつい集まってしまった」Tシャツが膨大にあるという。
その中のお気に入りを紹介しながら、Tシャツにまつわるエピソードをつづったビジュアルエッセー。
まずはサーフィン絡みのTシャツが登場。カウアイ島で家探しをしていたときに物件を案内してくれた不動産屋のおじさんが、実は有名なサーファーでシェイパー(ボード製作職人)でもあるディック・ブリュワー本人だった。そんな逸話とともに、ビーチサンダルをデザインしたコカ・コーラの真っ赤なTシャツや、60年代のサーフィンミュージックのレコードジャケットがプリントされたモノなどが紹介される。
他にも、アメリカの読者が作って送ってくれた「ねじ巻き鳥」Tシャツなどの鳥シリーズ、さすがに本人は着られないという海外の出版社が著作の販促用に作ったTシャツ、一方で割に愛用しているという「ただぶっきらぼうに文字だけが印刷されている」モノなど。18編のエッセーと108枚のTシャツを収録。
一番大事にしているTシャツは、マウイ島のスリフトショップで1ドルで購入した「TONY TAKITANI」と書かれたTシャツだという。
「トニー滝谷」とはどんな人なのだろうと想像力を巡らせて書いた小説が、その後、映画にまでなったからだ。その1ドルは、間違いなく最良の投資だったと述懐する。
友人とTシャツ談議をしているかのような語り口でつづられ、その人柄がにじみ出るファン必携本。
(マガジンハウス 1800円+税)