「妙な線路大研究 首都圏篇」竹内正浩氏

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「日々の通勤で多くのサラリーマンが利用している鉄道。あまりにも身近な存在ですが、“なぜそこを通っているのか”ということについて考えたことはあるでしょうか。鉄道の撮影に情熱を燃やす人や乗ることを楽しむ人、音が好きな人などさまざまいるものの、鉄道の経路がなぜそうなっているのかという点については、意外と見落とされているものです」

 ぼんやりと電車に乗っている分には気づきにくいが、地図上で見てみるとジグザグと曲がっていたり、グニャリと不自然にカーブしているものなど、不思議な経路が数多く存在することが分かってくる。本書では1都6県の鉄道について、その驚きの理由が次々と明らかにされている。

 例えば、上野恩賜公園直下の京成線。地下区間を走る鉄道のほとんどは、土地買収費用やその労力の節減などを理由に道路の直下を走っている。ならば、公園直下の経路は地上に構造物がない分、さぞかし真っすぐに走っていると思うだろう。ところが地図上で確認してみると、まるで公園の遊歩道をなぞるかのように何度も曲がっているのだ。いったいなぜなのか。

「上野恩賜公園直下の鉄道経路がジグザグな理由は、“恩賜”の2文字に隠されています。これは、皇室から下賜されたことを意味しており、上野恩賜公園はもともと御料地だったこと、そして京成線が日暮里―上野間の工事を申請した昭和5年が、下賜されて間もない時期だったことが関係しています」

 つまり、当時の東京市が京成に課した厳しい条件が背景にあったのだ。

「地下の水脈を傷つけないよう通過箇所を地表からわずか10尺(約3・3メートル)に指定されたんです。その上、公園内の樹木、特に桜の木の根を損傷することもご法度だったんですね。だから、京成線は、万が一にも粗相がないよう20回も測量を繰り返して、桜の木を傷つけないよう細心の注意を払い、木のない遊歩道下にトンネル建設を行った。これが、ジグザグ経路の理由です」

■軍との関係も深い鉄道経路の歴史

 鉄道経路の歴史には、軍との関係が深いことも分かってくる。横浜市の遊園施設「こどもの国」もその一例だ。

「東急田園都市線長津田駅から分岐する『こどもの国線』という独自の経路がありますが、この場所にはかつて陸軍の弾薬庫があり、軍用線が起源なのです」

 鉄道連隊の演習線を利用している曲がりくねった新京成線、軍事的要衝地帯として東海道本線にならぶ早さで開通した横須賀線などについても、非常に興味深い背景が分かってくる。

 さらに本書で注目したい点が、いわゆる“鉄道の定説”を覆している点だ。

「東京駅の6番ホームと7番ホームの間には1メートル以上の落差があります。その原因は、八重洲口が江戸前島という半島状の土地に立地しており、そのため丸の内側より高くなっているという説がありますが、実はこれが大きな間違い。実際には、高架下を駅構内施設に使用するためのかさ上げ工事や、新たな路線の増設工事が繰り返されたことが段差がついた本当の理由です」

 他にも、企業合併の歴史から生まれた複雑な線形の西武新宿線と西武池袋線、武蔵小杉がタワマンの本場となったのは鉄道の操車場がきっかけなど、鉄道にまつわる“妙”が目白押しだ。

「街の成り立ちや当時の政治、企業間の戦いなども、鉄道を入り口にしてみるとよく分かります。今後も、さまざまな地域の鉄道経路の“妙”を紹介していきたいですね」

 鉄道ファンならずとも、鉄道に乗る人なら楽しめること間違いなしだ。

(実業之日本社 1100円)

▽たけうち・まさひろ 1963年、愛知県生まれ。文筆家、歴史探訪家。地図や鉄道、近現代史をライフワークに取材・執筆を行う。「妙な線路大研究 東京篇」「鉄道歴史散歩」「ふしぎな鉄道路線」「地図と愉しむ東京歴史散歩」など著書多数。

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