「生きもの毛事典」保谷彰彦文 川崎悟司イラスト
覚醒剤などの違法薬物摂取の真否に関して毛髪鑑定が有用なことはよく知られている。最近では、薬物を使った性犯罪で被害者の毛髪鑑定が捜査の突破口になると注目されている。太さ0.1ミリに満たない毛の中に多様な情報が収められていることに驚かされるが、本書はヒトはもちろん、植物、単細胞生物に至るまでさまざまな生きものの「毛」の役割についてイラスト入りで紹介したもの。
毛の主な役割は、断熱、皮膚の保護、カムフラージュ、天敵からの防御、感覚センサー、水や養分の吸収などである。ラッコの体毛は1平方センチ当たり12万~14万本という高密度で、ホッキョクグマの体毛は中空の部分に空気を閉じこめ、高い断熱性を保って寒さをしのいでいる。一方、アフリカのサハラ砂漠に生息するアリは全身微細な毛に覆われているが、その毛の断面は三角形になっていて太陽光を反射するとともに体の熱を放出する働きを持ち、暑さに耐えている。またパンダの体毛の白黒模様がなぜあのような分布になっているかは未解明だが、一説には天敵から身を守るためのカムフラージュのためだとも。
ネコのヒゲが優れた感覚センサーで、そのため暗闇で自由に動けるということは知られているが、アザラシのヒゲも優れもので、触れた獲物の大きさや形を判別し、泳いでいるときの速度計、仲間とのコミュニケーションの役割も果たすという。ゴキブリの肢に生える毛は気流の微細な動きを捉えることができる。だから新聞紙を打ち下ろそうと忍び寄っても簡単に逃げられてしまうわけだ。
そのほか、水中で暮らすミズグモは毛に空気をためて呼吸するための空気室をつくったり、アメンボが水面を浮いて泳げるのも、ヤモリが壁面にピタッと張り付けるのも、すべて毛によるものだというから驚きだ。
本書を読めば、「ムダ毛」などというものはなく、毛はすべて有用だということがわかる。 <狸>
(文一総合出版 1650円)