書を捨てよ、旅に出よう 異国体験本特集

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「逃亡の書」前川仁之著

「家の中」にも3年とも言うべき、この長い辛抱もようやく報われつつある。諸兄の体は異郷の風を求めて、うずきだしている頃だろう。しかし、ちょっと待った。書を捨てる前に読んでほしいのがこの5冊。あなたの旅に新しい発見をもたらすだろう。



 2018年、イエメンの難民が韓国・済州島に流れ込んでいるという一報を受け、著者は日本を発つ。

 イランとサウジアラビアの代理戦争と化した内戦と、コレラの流行によって、いまや世界最悪の人道危機と呼ばれる状況となったイエメン。難民たちは、東アジアの難民受け入れ先進国といわれる韓国までたどり着いたのだ。

 ところが、現地民から「フェイク難民」と呼ばれ、強い反発を受けることとなる。その背景には「国選弁護士たちが仕事欲しさに難民を執拗に擁護している」「難民を連れてくるブローカーが多額の報酬を受け取っている」などであることが反対運動団体への取材からわかった。しかし、根本には「娘をレイプする」イスラム教徒という先入観があることも見え隠れしていた。

 ほかにも、ウクライナ難民家族とともにディズニーシーに行く、ベンヤミンの亡命の足跡をたどるなど、「逃げる技法」を通して平和を考える異色の難民紀行文学。

(小学館 1980円)

「スローシャッター」田所敦嗣著

 アラスカ・キーナイ半島に滞在していた著者はある日、丸一日予定がぽっかり空いてしまった。

 せっかくなら氷河で作った究極のウイスキーのロックを飲もうと思いつき、クーラーボックスを買い片道3時間、車で北上する。そこからさらに20分歩いて氷河の先端に到着。砕いてクーラーボックスにぎっしり詰める。帰路では、奮発して200ドルのウイスキーを買った。そうやって丸一日かけて入手した1杯のロックのおいしさは格別だった。これを共有しようと知人宅に持っていくと、知人はグラスに指を突っ込んで何かしている。その訳を聞くと「コオリミミズだよ。氷河の中にはたくさんいるんだ」と知人。それを聞いて口に含んだ高級ウイスキーをありったけ吐き出した。(「究極のロック」)

 水産会社に勤務し、アリューシャン列島やフェロー諸島など25カ国の辺境に出張した著者が、仕事で出会った人々との交流をつづった紀行エッセー。

(サンクチュアリ出版 1980円)

「宇宙のニュージーランド日記」安積宇宙著

 生まれつき骨がもろい障害がある著者は、東日本大震災を機にニュージーランドへ避難することに。

 覚悟を決めてのぞんだ留学で最初にぶち当たった壁は、言語ではなかった。語学学校で日本人生徒が「車いすを使っている宇宙と一緒にいると差別される」と言っているのを聞いたのだ。そのとき、おかしいと感じても口にすることが出来なかった。

 そんななか始まる新学期には大きな不安があったが、現地の高校には違う景色が広がっていた。男子生徒が「女は科学ができない」と発言したとき、すぐさまほかの生徒が「セクシストみたいなこと言うのはダメだよ!」とツッコミを入れる。

「おまえゲイみたいだな」と発言した生徒に「それでなにが悪いの?」と次々と声があがる。相手の主張に真っすぐ疑問をぶつけ合い、議論が終われば仲良く過ごすという関係に衝撃を受けた。

 そこから、高校での気になる男の子とのダンスパーティー、自立した生活のための就職活動など、ニュージーランドでの出会いや文化を通して少女が大人の女性になってゆくまでをつづったエッセー。

(ミツイパブリッシング 1980円)

「アジア『窓』紀行」田熊隆樹著・写真

 日常生活で目にも留めない身近な存在である「窓」。しかし、窓をじっと見つめてみると、その地域の環境や歴史、人びとの生き方のようなものまで見えてくる。

 上海の集合住宅では、窓の下から洗濯竿が2メートルほど産毛のように無数に伸びている。路上からその洗濯物を見上げると、木漏れ日ならぬ「布漏れ日」を浴びられる。土地不足でベランダを作れない環境と、上海人の「下着でもおかまいなし」というおおらかさがにじみ出る窓際なのだ。

 イラン北部のマースーレという村の窓は、八角形の色ガラスや、日本建築風の唐破風を思わせる曲線の窓など、一軒の家でも多種多様。築600年の日干し煉瓦の家もある歴史ある村に、時代ごとに異なる文化を持った人が住み、修理を重ねてきた証しが残っている。

 建築学部の大学院生であった著者が覚えたての外国語で現地民と交流しながら、ラオスやイスラエルなど11カ国を歴訪。異国の人びとの日常をデッサンと写真で記録した情緒あふれる旅行記。

(草思社 2420円)

「キューバ ハバナ下町歩きとコロナ禍の日々」板垣真理子著

 コロナの波は少し遅れて「カリブの真珠」にも押し寄せた。中国の春節で帰国した現地で働いていたイタリア人を介して、ミラノ周辺で感染が爆発。医療崩壊が起こったイタリアの現地民は命の選択に迫られ、医療先進国であるキューバに助けを求めるように流れてきた。

 未知のウイルスに対して、「1000人に1人は医者になる」キューバの政府の対応は迅速だった。政府は外国人に高級ホテルをカサ(民泊)並みの価格で提供。2020年、キューバを訪れていた著者が6カ月幽閉されたのは、カストロも泊まったホテル、ハバナ・リブレだった。ロックダウンのさなか、外から大きな拍手の音が突然聞こえた。慌ててあたりを見渡すと、家々の窓からその音が聞こえてくる。それは、海外49カ国に「医療援助」に赴くキューバ医療団を報じるニュースに対する賛辞だったのだ。

 幽閉先のホテルのバンドに飛び入り参加したり、よく顔を合わせる外国人に突然求婚された、という海外ならではのエピソードもつまった、異色のパンデミック・ルポ。

(彩流社 2750円)

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