著者のコラム一覧
平野悠「ロフト」創業者

1944年8月10日、東京都生まれ。71年の「烏山ロフト」を皮切りに西荻、荻窪、下北沢、新宿にロフトをオープン。95年に世界初のトークライブ「ロフトプラスワン」を創設した。6月、ピースボート世界一周航海で経験した「身も心も焦がすような恋」(平野氏)を描いた「セルロイドの海」(世界書院)を刊行。作家デビューを果たした。

客5人で…清志郎さんに「RCでは商売にならない」と告げた

公開日: 更新日:

 RCサクセションのボーカル忌野清志郎さんは中学生だった1966年に同級生と「ザ・クローバー」というバンドを結成し、70年にシングルデビューを、72年にアルバムデビューを果たした。76年には代表曲となるシングル「スローバラード」を発表したが、時代の波に乗り切れずに半年ほどで廃盤になった。78年、後に主要メンバーとなるギター仲井戸“チャボ”麗市さんが加わり、化粧を施して髪を逆立て、原色系の奇抜なファッションに身を包んだ清志郎さんのド派手なパフォーマンスが評判を呼び、80年リリースの「雨あがりの夜空に」のヒットでスターダムにのし上がった。

 たとえば77年の7月2日、RCは新宿ロフトでライブをやっている。同24日には下北沢ロフトのステージに立ち、30日には荻窪ロフトでライブをやっている。

 まさにロフトの常連中の常連だったRCだが、とにかく客の入らないバンドだった。

 空席だらけの客席を見ながら「今日も悲惨なライブになるな……」と何度つぶやいたことか。

 76年10月、65坪・キャパ200人の新宿ロフトがオープンした。

■関連キーワード

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「高校生を指名するのが怖くなった」…プロ球団ベテランスカウトが漏らす苦悩と本音

  2. 2

    自民・高市一派は衆院選28敗に終わる…全国サナエ行脚も虚しく「石破おろし」ご破算の目

  3. 3

    《中日》1位指名した金丸夢斗をパ全球団が“完全スルー”した裏に「カラダの問題」

  4. 4

    育成契約は嫌だった?ドラフトで名のある高校球児が軒並み指名漏れのカラクリ

  5. 5

    小泉進次郎氏サッサと選対委員長辞任…「すべて私が責任取る」で“泥舟からの逃亡”が真意

  1. 6

    岩井姉妹ワンツーフィニッシュでも「客離れ」に拍車…今季33試合のうち20試合がギャラリー減

  2. 7

    デーブ大久保さん(2)長嶋監督に「大洗を買いなさい」と勧められ「ゴルフ場も買えるんですね」と返したら…会員限定記事

  3. 8

    油を取ってスルスルやせる「MCTオイルダイエット」…実践した医師は2カ月で6キロ減

  4. 9

    阿部詩は大号泣、斉藤立も憔悴…ニッポン柔道大苦戦を招いた「全柔連の罪」

  5. 10

    RADWINPS野田洋次郎に“泥酔飲み会”報道 ファンも失望させた表現者としての「ダサさ」