北上次郎
著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「ふんわり穴子天」坂井希久子著

公開日: 更新日:

 この連作集に「居酒屋ぜんや」というシリーズ名がつけられているのは、床几が1つに小上がりがあるだけのこぢんまりとしたこの店を舞台に人情話が展開するからだ。となると、年の離れた亭主に死なれ、亭主の姉と一緒に「ぜんや」を営むお妙が主人公かと思うところだが、確かにお妙の側のドラマもたっぷりと描かれるものの、そうでもないから面白い。

 いや、全5話のうち2話がお妙を語り手とするので、このヒロインもまぎれもなく主人公なのだ。しかし、残りの3話の語り手は異なるのである。それが小禄旗本の次男坊・林只次郎。つまり、こう言ってよければ、これは「2人主人公もの」である。

 只次郎は、預かった鴬を美声に育てて生計を立てている。家禄を継いだのは兄だが、その扶持はすずめの涙なので、林家は今や只次郎が支えている。それが兄には面白くないようで、このところ兄弟の仲はうまくいっていない――と、こちら側のドラマもなかなか面白い。「ぜんや」のドラマと、只次郎の話がどうつながるのかというと、鴬の糞買い(鴬の糞は洗顔料として高値で売れる)に案内されて只次郎が「ぜんや」にやってくるからだ。只次郎はお妙に一目惚れするのである。

 おいしそうな料理が次々に出てくるのもこのシリーズの特色で、今回は鯛茶漬けがおいしそう。これが面白ければ、前作「ほかほか蕗ご飯」もぜひお読みいただきたい。(角川春樹事務所 580円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    今オフ勃発「FA捕手大シャッフル」…侍Jの巨人・大城、SB甲斐を筆頭に中日、阪神も参戦か

    今オフ勃発「FA捕手大シャッフル」…侍Jの巨人・大城、SB甲斐を筆頭に中日、阪神も参戦か

  2. 2
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  3. 3
    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

  4. 4
    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

  5. 5
    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

  1. 6
    “辞めジャニ”野村義男は59歳で現役バリバリ!引く手あまたの秘訣は「第三の道」を歩んだこと

    “辞めジャニ”野村義男は59歳で現役バリバリ!引く手あまたの秘訣は「第三の道」を歩んだこと

  2. 7
    巨人・秋広が今季初昇格も阿部監督「全く期待していない」…のんきな性格がアダで早くも背水の陣

    巨人・秋広が今季初昇格も阿部監督「全く期待していない」…のんきな性格がアダで早くも背水の陣

  3. 8
    阪神・岡田監督が密かに温めていた「藤浪獲得プラン」が消滅していた…

    阪神・岡田監督が密かに温めていた「藤浪獲得プラン」が消滅していた…

  4. 9
    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間

    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間

  5. 10
    人間性やスタンスが如実に表れたMLB挑戦時の「西海岸かつ小規模都市」へのこだわり

    人間性やスタンスが如実に表れたMLB挑戦時の「西海岸かつ小規模都市」へのこだわり