「ビジュアルストーリー世界の秘密都市」ジュリアン・ビークロフト著 大島聡子訳
古来、人間はより良い暮らしを求めて移動を繰り返してきた。しかし、誰もが理想郷にたどり着けたわけではない。むしろ、宗教的迫害を逃れたり、過酷な自然環境と向き合う中、何とか生き延びるための場所を探し続けてきたともいえる。また公にはできない秘密の実験などを行うために外部と遮断された場所に押し込められ、暮らさざるを得なかった人たちもいた。
本書は、そうした「思いもよらない場所につくられている街や、存在そのものに驚いてしまう街、住民の健康のためには閉鎖されるべきだが、いまだに存在し続ける街」など、その多くが地図にさえ載っていない「秘密都市」をめぐるビジュアルガイドブック。
中国・四川省(東チベット)のラルンガル僧院は、おそらく世界最大の宗教共同体。1959年のチベット蜂起を制圧後、中国政府はチベット文化の解体を進めてきた。しかし、ラルンガル僧院は、そうした弾圧にあらがい、ここ数十年でおよそ4万人の僧侶や尼僧を抱えるまでに拡大。僧院を中心に僧侶が寝起きする赤い屋根の小さな小屋がびっしりと谷を覆う光景は圧巻で、まさにひとつの都市である。
自由の国アメリカも多くの秘密を抱えている。第2次世界大戦から冷戦が終わるまで国内各所に建設され、極秘扱いされてきた軍事施設だ。最盛期には5000人以上が暮らしていたというニューメキシコ州ロスアラモスや、テネシー州オークリッジなど、核兵器製造プロジェクトの拠点となった施設をはじめとする各施設を取り上げる。
対する旧ソ連、現在のロシアにも戦略的軍事施設を抱える「閉鎖都市」が数多く存在する。
そのひとつ北極圏の辺境の地にある「ニジニーノブゴロド」、ソ連時代はゴーリキーと呼ばれていたこの都市は、人口100万を超える大都市だったにもかかわらず、1970年代まで住民であっても市街地図を手に入れることができなかった。また、同地から東に1200キロに位置する街「オジョルスク」の原子炉や地下研究施設建設に携わった労働者は、「5年生存率0%」という恐ろしいレベルの放射能を浴びたという。
他にも、アルジェリアの砂漠の奥のムザブという谷に散らばる城塞都市や、まるで「サンダーバード」のように山腹に隠された出入り口から戦闘機が発着するクロアチアのジェリャバ地下空軍基地など。
砂漠や地下、極地など悪条件をものともせず、いやそれぞれの事情からあえて悪条件を選んで築かれた世界各地の施設や都市を紹介する。
中には、地球上で定期便が就航する最北の地ノルウェーのスピッツベルゲン島の地下100メートルのかつての炭鉱を利用した「スバルバル世界種子地下貯蔵庫」などもある。同所は、地球の未来を見据え、世界のすべての食用植物の種子の標本を安全に保管する目的でつくられた、いわば「種子の箱舟」だという。
ある場所は人類の英知の象徴であり、またある場所は愚かな歴史の遺物、そして不屈の精神によって築かれた神聖な場所まで。気軽に訪れることができない場所を紙上で巡る。
(日経ナショナルジオグラフィック社 2180円+税)