「今度生まれたら」内館牧子氏

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 シニアのセカンドライフを描いた「終わった人」「すぐ死ぬんだから」に続く第3弾。これまで定年した60歳の男性、加齢にあらがう78歳の女性が主人公だったが、今回はじめて著者と等身大の70歳を主人公に据えた。

「執筆のきっかけは、私自身が70歳になったことですね。あるとき雑誌の記事に内館牧子(70歳)と印刷された数字を見てビックリしたんですよ。何というか、数字の印象は老人。自分はお年寄りなんだなと思って、ちょっと衝撃でした。でもそのときに70歳を主人公に描いてみようと思ったんです。ビックリしながらも、小説にしちゃうんだから、私もただでは起きないわね(笑い)」

 主人公は結婚至上主義時代に生きていた夏江(70歳)。子供のころから自他ともに認める“緑の指”を持ちながら、「女の幸せは結婚」と考え、進学も就職も選択。エリートの夫と社内結婚したあとは、優秀な子供に恵まれ、孫の誕生とまさにフルコースの人生を歩んできた。しかし夏江は今になり、「今度生まれたら、別の人生を歩きたい」と呟く。

「同年代の友達がよく『今度生まれたら』『次は夫とは結婚しないな』とか言うんですよ。決して不幸ではないけれど、別の生き方があったのではと考えてしまう。70歳くらいになると、体力的にも先々の年月を考えてもやり直しは望めないから、つい『今度~』と言っちゃうんだと思うんですね。もちろん、ほかの年代でもそう考えることもあるでしょうけど、70歳のそれは別。60代は振り返れば50代が見え、80代は先が見える。70代はある意味半端で、だからこそ揺れ動くんですね。私だって『今度生まれたら』はなくはない。どうしたいって、それはもう相撲部屋の女将さんになる、ですよ。それで立派な横綱を育てるの(笑い)」

 夫はケチくさくなり、息子には「趣味を持て」と説教されるが、世間の役に立たない趣味なんてむなしいだけと夏江は思う。そんなある日、かつて振った同僚の小野が世界的な園芸家として活躍しているのをテレビで知り、夏江のモヤモヤ感はマックスに。そして同い年の女性弁護士・高梨の講演会で「シニアは新しい趣味を」「ボランティアを」といった口当たりのいい彼女の言葉に、忖度まみれで生きてきた夏江が公然と反論する――。このあたり、高梨の言葉を借りた「世間のきれいごと」の矛盾を突く夏江の鋭い指摘は痛快で、大きな読みどころだ。

「よく『今が一番若い』『何かを始めるのに年齢は関係ない』っていうじゃないですか。私、すごく腹が立ってたんですよ。70歳になってボルダリングがやれるか、ってゆーの。鼓舞するような言葉って、ついうっかり乗ってしまいますけど、それに惑わされたり、自分を紛れさせて安堵してはいけないと思うんですね。でも決して後ろ向きということではなく、自覚してじゃあ何をやるか、ということが大事なんじゃないかしら。70代はまだ元気で知識欲もある。夏江がもがくのもそこなんです」

「老い」を前に揺れ動く夏江に、我が身を重ねる諸兄も多いだろう。

 やがて夏江は長男の嫁の反乱や小野との再会を通じて、ある決心をする――。

「何を成すにも時があって、70歳のそれは何かと考えたら、ご恩返しなんですね。人はいくつになっても役に立ちたいもの。悩んでいないで積極的に自分を生かせる場を探したり、今まで大事にしてきたことを磨くことは必要だと思いますね。実は東日本大震災後に仮設住宅で相撲講座をしたんですが、すごく喜ばれたんです。自分の知識や技術が喜ばれるって、すごくうれしい。そんな私の経験が夏江の落としどころになりました。『今度生まれたら』を考えることは、今を振り返ること。『今度』より『今でしょ』ですよ」

(講談社 1600円+税)

▽うちだて・まきこ 1948年、秋田市生まれ。武蔵野美術大学卒業後、88年脚本家としてデビュー、朝ドラ「ひらり」、大河ドラマ「毛利元就」などを手掛ける。著書に「終わった人」「すぐ死ぬんだから」ほか多数。武蔵野美術大学客員教授、ノースアジア大学客員教授、東北大学相撲部総監督。元横綱審議委員、元東日本大震災復興構想会議委員。

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