「ノーマン・ロックウェルカバー画集」クリストファー・フィンチ著、富原まさ江訳

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 日本人でもこの人の作品なら一度は目にしたことがあるはず。20世紀アメリカを代表するイラストレーター、ノーマン・ロックウェルの作品集だ。雑誌「サタデー・イブニング・ポスト」で担当した全表紙画と他雑誌で手掛けた表紙画の一部を収録する。

 氏は1916年5月20号から「ポスト」誌のカバーを担当。その記念すべき1作目は「小さなパパ」(イラスト①)とのタイトルで、スーツを着込んだ少年紳士が弟を乳母車に乗せ散歩に出かける場面が描かれている。すれ違う少年たちは野球のユニホーム姿で、彼も本心は仲間に加わりたいことがその表情から見てとれる。

 初期カバー画の50作中40作は子供が登場し、そのほとんどが少年だ。

 そんな初期作品の傑作は、「遊泳禁止」(表紙)だ。伝統的なテーマを斬新な手法で描いたこの作品は、黒枠によって場面の一部を見切ることでスピード感と臨場感を高めている。

 他にも、最新型のロードスターを追い抜くおんぼろ車に乗ったしてやったり顔の3人家族を描いた「お先に失礼」など、初期作品は庶民の日常のささやかなドラマを鮮やかに描いていく。

 氏は雑誌読者が求める絵を意識して、「アメリカ人がこうありたいと願う姿を描いた」という。

 その熟練した技法は、真珠湾攻撃直前の1941年10月に始まるシリーズでもいかんなく発揮される。これは兵役不合格で地元に残っていた青年ロバートをモデルに、「戦争という混乱の渦中に放り込まれた平凡な男」ウィリー・ギリスの苦境をシリーズで描く「架空のドキュメンタリー」。

 最初の作品は、家族からの差し入れを狙って先輩・同僚兵士らがギリスの後を行進するかのようについて回るシーン(イラスト②)で、最後は兵役を終えて大学に戻ったギリスを描く。

 初期の頃は、背景が無地で人物を強調した作品が多いが、次第に画面いっぱいに背景が描きこまれ、作品の絵画性が高まる。

「シャフルトン旦那の理髪室」(イラスト③)は営業を終えた理髪室の奥の部屋に明かりがともり、店主が集まった仲間たちと楽器を奏でるシーンをウインドーの外側から眺めるような視点で描く。当時の理髪店の様子はもちろん、ペットの猫や赤々と燃えるストーブなどの細部まで描きこまれ、店主たちの奏でるメロディーまでもが聞こえてきそうなほど物語に満ちている。

 ほかにも、フェルメールの作品を思わせる光の使い方が印象的な「結婚許可証」や映画のワンシーンのような「息子の旅立ち」など重厚な作品があるかと思えば、修理のために家に立ち入った職人2人が住人の婦人の香水をいたずらする「ちょっと拝借」や、注射の準備をする医者の死角で医師免許を確認している少年を描いた「慎重派」などユーモアに満ちた作品も多数。

 私たちがかつて憧れた古き良き時代のアメリカがこの画集には詰まっている。

 (玄光社 3300円+税)

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