大竹聡(作家)

公開日: 更新日:

4月×日 まん延防止等重点措置が解除されてほぼひと月。街は一見すると従来の賑わいを取り戻している。

 酒と酒場をテーマにルポやエッセー、小説を書く私にとってこの2年は、広い意味でのネタ元である酒場と疎遠にならざるを得ないという受難のときだった。惜しい酒場がコロナ禍を機に店を閉じ、そのまま廃業してしまったケースも見てきた。営業を継続してはいるものの、これほどお金のことで苦労をしたことは一度もないとこぼした老舗酒場の女将もふたり知っている。何が変わり、何が元に戻り、そして、戻らないものは何なのか。今は外へ出るたびにそのことを考えながら街を歩き、酒場を覗いている。

 スズキナオ著「『それから』の大阪」(集英社 924円)は、コロナ禍の大阪を歩いて紡いだレポートだ。2020年の初夏。東京生まれの著者が大阪に移り住んで6年が経過しようとしていた時期に街歩きは始まる。

 大阪環状線天満駅からほど近い天神橋筋商店街。緊急事態を経て廃墟のようになっているのではと危惧したが、そこに、活気ある以前の街の姿を見る。馴染みの酒場も、ビニールシートで仕切りをしているものの、元気に営業をしていた。

 大阪万博開催予定地の夢洲、東大阪の石切劔箭神社、西九条の立ち飲み屋と、著者の大阪探索は続く。40年の歴史に幕を下ろした立ち飲み屋では、最後の営業日の、閉店の瞬間まで見届けている。

 道頓堀界隈、花博記念公園、船場センタービルの今昔を報告し、ちんどん屋さんの代表、大衆酒場の社長、名物銭湯の主親子、立体看板業者の親子に取材し、現在と今後への展望を聞き出す。

 四天王寺の縁日に出ている屋台の店主とは酒を飲みつつ話もした。著者はこれからの大阪はどうなるのだろうと問う。

 新書にして8行に及ぶ店主の答え。その引用をあえて避けるが、私はこの箇所を読んで、自分が日々、酒場において聞きたかった言葉がこれだと思った。

 読み終えて気分がいい。いい本に巡り合えた。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    「悠仁さまに一人暮らしはさせられない」京大進学が消滅しかけた裏に皇宮警察のスキャンダル

    「悠仁さまに一人暮らしはさせられない」京大進学が消滅しかけた裏に皇宮警察のスキャンダル

  2. 2
    香川照之「團子が後継者」を阻む猿之助“復帰計画” 主導権争いに故・藤間紫さん長男が登場のワケ

    香川照之「團子が後継者」を阻む猿之助“復帰計画” 主導権争いに故・藤間紫さん長男が登場のワケ

  3. 3
    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

  4. 4
    巨人・菅野智之の忸怩たる思いは晴れぬまま…復活した先にある「2年後の野望」 

    巨人・菅野智之の忸怩たる思いは晴れぬまま…復活した先にある「2年後の野望」 

  5. 5
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  1. 6
    鹿児島・山形屋は経営破綻、宮崎・シーガイアが転売…南九州を襲った2つの衝撃

    鹿児島・山形屋は経営破綻、宮崎・シーガイアが転売…南九州を襲った2つの衝撃

  2. 7
    「つばさの党」ガサ入れでフル装備出動も…弱々しく見えた機動隊員の実情

    「つばさの党」ガサ入れでフル装備出動も…弱々しく見えた機動隊員の実情

  3. 8
    女優・吉沢京子「初体験は中村勘三郎さん」…週刊現代で告白

    女優・吉沢京子「初体験は中村勘三郎さん」…週刊現代で告白

  4. 9
    ビール業界の有名社長が実践 自宅で缶ビールをおいしく飲む“目から鱗”なルール

    ビール業界の有名社長が実践 自宅で缶ビールをおいしく飲む“目から鱗”なルール

  5. 10
    悠仁さまが10年以上かけた秀作「トンボの論文」で東大入試に挑むのがナゼ不公平と言われるのか?

    悠仁さまが10年以上かけた秀作「トンボの論文」で東大入試に挑むのがナゼ不公平と言われるのか?