「世界は縮まれり」 湯浅邦弘著
西村天囚「欧米遊覧記」を読む、と副題のついた本だ。明治43(1910)年、朝日新聞社主催の世界一周旅行ツアーが行われ、57人が参加したのだが、そのツアーに特派員として参加した西村天囚が帰国後に著した旅の記録が「欧米遊覧記」。本書は、その「欧米遊覧記」を解説紹介する書だが、さまざまな資料をひもとき、引用し、西村天囚の旅ルポを補いつつも立体的に再構築している。
たとえば、この旅に同行した日本画家の御船綱手が帰国後にまとめた「世界周遊実写 欧山米水帖」という画帖から多くのスケッチ画を、湯浅邦弘は本書におさめて、興趣を盛り上げているし、さらには、イタリアに向かう列車の停車中にあわただしく朝食を取るくだりでは、これに比べて日本の弁当文化は素晴らしいと書いたあと、日本の駅弁の歴史に関する一文を挿入するのである。このような手法で描かれているので、はるか昔の旅がリアルなものとして我々の前に現出するのだ。
明治末年の世界一周ツアーに参加した人の名簿が巻末に紹介されていて(旅行代金は今の貨幣価値に換算すると700万から1200万円)、会社重役、代議士、銀行支店長などの名が並んでいるが、その中のひとり、宗方小太郎という人物が海軍司令部の命を受けて諜報活動をしていたのではないか、との推測も興味深い。途端に、明治という時代が生々しく立ち上がってくる。
(KADOKAWA 2970円)