「八月の母」早見和真著
すごい小説だ。息苦しくなる小説だ。
しかし、仕掛けのある小説なので、注意して紹介しないと読者の興をそいでしまうだろう。まず、親の愛に恵まれない美智子という女性の半生が描かれる。これは書いても大丈夫だ。これだけでもたっぷりと読ませるのだが、物語はどんどん進んでいく。美智子が主人公の小説なのかと思っていると、話は美智子の娘エリカに移っていくのだ。友達のいないエリカの少女時代が描かれるのである。えっ、こっちが主人公なの?
この長編は構成が群を抜いてうまい。たとえば第1部の終わりは、22歳になったエリカが働いている酒場に博司がやってきて、ふたりの関係が始まっていくことになるが、エリカの少女時代から22歳までの間に何があったのか、すぐには語られないのだ。
そして圧巻の第2部が始まる。困ったことにこの第2部で何が描かれるのか、いっさい書けない。第1部に続いて美智子もエリカも登場することは紹介してもいいけれど、ここで何が起こるかを書くのは厳禁。まさかこんな展開になるなんて思ってもいなかった。
書くことができるのは、物語がどんどんエスカレートしていくこと。私たちはそれを息をのんで見守ること。最後に新たなヒロインが登場すること、を書くにとどめたい。
大切なことは、自分の力で立つことだ。隠れヒロインの、その強い覚悟と意志の力に、胸を打たれるのである。
(KADOKAWA 1980円)