小峰ひずみ(批評家)

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3月×日 統一地方選が近づく。れいわ新選組豊中市政策委員の山田さほの事務所に自転車で行き、山田さんと合流。チラシやジャンパーを取って、そのまま近くの駅で夕方の街宣を行う。応援演説をするためにマイクを持つときは、いつも緊張する。知らない人から注目を集め、指を差されるのは怖い。思い切って、しゃべり始めたら、楽しくなる。

 しかし、安倍晋三元首相が殺害されてから、マイクを持つときの緊張感が少し変わってきた。大げさに言えば、マイクを持つことは、撃たれる側に立つということだ。もちろん、山田さんや私に大きな影響力があるわけではないが、公衆の前で何かを訴えるということはそういうことなのだと思う。

 安倍晋三著「安倍晋三回顧録」(橋本五郎、尾山宏聞き手 中央公論新社 1980円)を読む。安倍一強の立場から日本がどう見えていたかを知りたかったからだ。私にとって興味深かったのは、社会運動や野党についての記述である。たとえば、2015年の安全保障関連法案への反対運動は、半世紀ほど前の60年安保でのデモと比べて、まったく脅威にならなかったと、インタビューで述べている。夜8時になれば帰ってしまうからだ。また、野党の議員に対しては「こんなことも知らないのか」と思うことが多々あり、「上から目線」で答弁していた、などなど。

 では、侮られていた野党はどうだったか。本書には国葬に出席した野田佳彦元首相の追悼演説が載っている。そこで野田は安倍との「火花を散らす真剣勝負」を忘れがたいと語っているのだ。皮肉である。むろん、インタビューと追悼演説という違いがあるとはいえ、同じ国会について語るにしても、強者と弱者とでは語り口がまったく異なるのだから。

 しかし、この敵からは塩も送られている。安倍は第2次内閣が長期政権となった理由について、第1次内閣で1度失敗したからだと述べている。この言葉はアベ政治を許せなかった野党支持者の胸にも響くだろう。敗北や失敗の経験はそう簡単に風化しない。むしろ、その経験こそが役に立つのだ、と安倍晋三は語っている。

【連載】週間読書日記

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