五木寛之 流されゆく日々
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連載11806回 カタカナ英語の時代 <1>
『言語の本質』(中公新書)がバカ売れしたのは、大きなニュースだった。ちゃんとした学問的な本でも、それを読む人たちが沢山いるのだ。出版界にとって明かるい話題だったと思う。 それだけではない。その本の…
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連載11805回 今世紀最強の怪物 <4>
(昨日のつづき) 今世紀最強の怪物が、生成AI(チャットGPT)であることは間違いない。今日の朝刊にも、新しい芥川賞の作家が、どのようにチャットGPTを利用したかについてくわしく語った記事が大きく…
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連載11804回 今世紀最強の怪物 <3>
(昨日のつづき) 生成AI(チャットGPT)のことを、今世紀最強の怪物、などと書いていたら、それにもまさる怪物が出現した。 今朝、起きた時から、やたらと鼻水がでる。垂れるなんてもんじゃない。流…
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連載11803回 今世紀最強の怪物 <2>
(昨日のつづき) チャットGPTは、単なる便利な機械ではない。 生成AIには、知識は無限にあっても、知性はない、という意見がある。しかし、知性も、知識の積み重ねのなかから生成されるものである。…
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連載11802回 今世紀最強の怪物 <1>
このところチャットGPTに関する論議がにぎやかだ。 いよいよそこまできたか、という感じで、もの書きとしては何か言わずにはいられない感じになってきた。 このAIについては、かなり以前から意見を…
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連載11801回 私の感覚的養生論 <9>
(昨日のつづき) 今週は養生について、あれこれ偉そうなことを書きつらねた。 なんの科学的エビデンスもない我流の遊びみたいなものである。面白いからやっている、としか言いようのない「体のお手入れ」…
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連載11800回 私の感覚的養生論 <8>
(昨日のつづき) おもしろい事に、体の各部は、どこかで連動しているようだ。 朝、いつものようにベッドの中で手の手入れをしていると、グウ、と胃腸が鳴る。ときにはキュッとか音を立てることもある。い…
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連載11799回 私の感覚的養生論 <7>
(昨日のつづき) 石川啄木の歌は抒情的というより、生活の実感がこもっていて、そこがいい。 <働けど 働けどなおわが暮し 楽にならざり じっと手を見る> みたいなやさしい歌は、できそうでいてな…
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連載11798回 私の感覚的養生論 <6>
(昨日のつづき) この数日、なんとなく胃の調子が悪い感じがした。胃酸がこみあげてくるような気配もする。 とりあえず食事に気をつけるようにした。自分でできることは知れている。食事の量を少し控え、…
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連載11797回 私の感覚的養生論 <5>
(先週のつづき) 今どき自分の感覚にたよって身体をケアするというのは、お話にならない古い養生法だろう。数回の検査で、簡単に診断する時代なのだ。 それはいやというくらいにわかっているつもりである…
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連載11796回 私の感覚的養生論 <4>
(昨日のつづき) 自分の体の声をきく、というのは私が昔からずっと言い続けてきたことだ。 私はそれを勝手に<身体語>と呼んできた。体は私に対して文句を言ったり、弱音を吐いたり、時にはオドしたりす…
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連載11795回 私の感覚的養生論 <3>
(昨日のつづき) 故障のない体を維持するのが健康法で、いろいろ問題を抱えている体を、なんとか維持していこうというのが養生である。 いわばマイナスの発想にもとづく対処法といっていい。 もちろ…
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連載11794回 私の感覚的養生論 <2>
(昨日のつづき) 養生と健康はちがう、と、これまで私は何度となく書いてきた。 健康論を説く人は、とりあえず御本人が健康でならねばならない。本人が病気がちでは、説得力がないだろう。 だが、養…
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連載11793回 私の感覚的養生論 <1>
最近のタクシーは大体においてちゃんとした車が多いが、先日、シートがぺちゃんこになっている車に乗った。 「ずいぶんヤツレてるね、このシート」 と言ったら、ドライバーが笑って、 「いつも両国のあ…
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連載11792回 能登、そして内灘
きょう、部屋がギシギシと音をたてて揺れた瞬間、<きたな>と思わず身構えた。 新年早々の能登地震以来、連日、地震のニュース漬けになっていたせいである。妻の父親のルーツが七尾なので、ショックは大きか…
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連載11791回 無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)の問題 <5>
(昨日のつづき) ここで問題にしているのは、無意識の感覚である。 意識の上での偏見や差別感なら、自省することもできる。他人から指摘されて反省することもあるだろう。 しかし、意識下の感覚は、…
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連載11790回 無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)の問題 <4>
(昨日のつづき) <無意識の偏見>を問題にしているのだが、その前に、意識的な偏見の存在に驚く。 ある高層マンションの住人が笑いながら言っていた。 「エレベーターで小学1年生ぐらいの男の子とよく…
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連載11789回 無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)の問題 <3>
(昨日のつづき) きょうは、あわただしい一日だった。 午後、『家庭画報』の工藤氏と、入稿をかねて新連載の打ち合わせ。 そのあと『家の光』の山本編集長ほかのスタッフと面談。 私が若い頃に…
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連載11788回 無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)の問題 <2>
(昨日のつづき) いまでも東京の下町界隈を歩くと、廃屋となった旧赤線の家並みの跡がうかがえる場所がある。 地方都市にも、そういう面影を残した一画が残っていたりする。 私が上京したのが昭和2…
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連載11787回 無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)の問題 <1>
昨年、横浜の「みなとみらい」で講演をしたことがあった。全国の精神科医が集る会なので、すこぶる緊張したことを憶えている。 そのときの大会のテーマに<アンコンシャス・バイアスをめぐって>というのがあ…