萩本欽一〈54〉「桃屋」がスポンサーになった奇跡の裏側と「テレビの常識を覆した独自のスポンサー論」
「この年だから失敗が苦にならない」
増田「なぜですか?」
萩本「スポンサーがついてくれたっていうんで、はしゃぎたい3カ月が欲しかったの」
増田「はしゃぎたい3カ月(笑)」
萩本「そう(笑)。ファンの人たちが『ありがたいね、桃屋さん』って、桃屋の商品を買ってくれるかもしれないでしょう。『この番組を応援してくれるんだったら桃屋を買おう』って。それで桃屋さんの商品が少し売れるようになったよってなったらうれしいじゃない」
増田「スポンサーがお金を出す前に、番組の側がスポンサーに利益を返す」
萩本「そう。私はそれをやりたいの。『スポンサーに損をさせない番組』っていうものを成立させたい。スポンサーがお金を出したから番組を作るんじゃなくて、番組を作ったらスポンサーの商品が売れた。だからスポンサーが『じゃあお金を出します』って。それでいいでしょう」
増田「そこが従来のスポンサーとの関係とは逆なんですね」
萩本「そう。損させないんだもん。数字がいかなかったら『まだお金は我慢してください』って言えばいい。それぐらいの余力はテレビ局にもあるでしょう。地上波は今のやり方でうまくいってるんだから、BSはそういうテレビにしましょうよっていうのが私の夢なんだよ」
増田「BSを新しいテレビの実験場にする」
萩本「そうしたら若い人にもやらせられるでしょう。新しい歌手だって出てくる。最初はタダよ。でもやる気があったら、そこから有名になればいいんじゃないの?」
増田「最初から完成品を求めない」
萩本「そうです。俺はもうこの年だからね、失敗しても苦になるもの何もないですから。でも誰かがこういうことをやって、それが浸透して、次のスポンサーが来てってなったら、テレビはあっという間に変わるじゃない」
(つづく=火・木曜公開)
▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。
▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。



















