萩本欽一〈55〉仮死状態で生まれた三男、「視聴率30%と交換してくれ」と星空に願ったら…
主治医が「お強い方ですね」
増田「1カ月ぐらい知らなかった」
萩本「それで先生が、なんで私を呼んだかっていうと、『生まれたときにちょっと酸素が足りない状態だったので、これからご苦労するかもしれません。その覚悟だけはしておいてください』って」
増田「かなり重い話ですね」
萩本「そのとき私が言ったの。『はい、そっちのほうの番組やってますから。これから改めて力を入れてやります。自分の子供のためにも』って。そうしたら先生が笑って、『お強い方ですね。安心しました』って」
増田「そこで、家族のために住む場所も考えた」
萩本「はい。この子に後で何かあっても、人様に迷惑かけないような場所にしようって。それで神奈川県の二宮町*の山にしたの。誰も近寄らないような、お墓の隣の土地を買ったの。山のてっぺん」
※二宮町(にのみやまち):神奈川県中郡にある町。相模湾に面し、大磯町と小田原市の間に位置する。温暖な気候で知られ、吾妻山公園など自然の多い住宅地として発展した。萩本欽一は家族とともに二宮町に暮らした時期があり、三男の命を救った医師との縁もこの地で続くことになった。
増田「そこに家を建てたわけですね」
萩本「建てたんじゃなく、山の上にポツンと建ってた家を山ごと買いました」
(つづく=火・木曜公開)
▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。
▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。



















