「あんたとこの新聞社、頭悪いんとちゃうか」 阪神監督候補の藤村富美男を直撃したら麻雀しながらこう言った
それでも岡田は新人王のタイトルを取ったから、才能はすぐプロで通じた。
振り返ればあの日の麻雀メンバーには深い思いがある。
後藤次男は誰もが認めるお人よし。1978年に監督に就いたが41勝80敗9分け。球団初の最下位を招いてあっけなく1年で現場から去った。
「まあ、まあ、みな(虎番)そう、がやがや言うな。球団もファンもマスコミもみんな仲良くぼちぼちと、でええんちゃうんか」
これでは勝てない。
黙々と牌をさばいていた省さん・渡辺省三は性格そのもの、物腰も柔らか。かといってマウンドにあがると、コーナーを際どくついて、10勝はできるピッチャーだった。村山や小山の陰に隠れて投げていたような気がするが、しかし、スカウトに転出してから、どんな苦労を背負ったのだろう。暑い日だったように思う。三宮(神戸)のビルから身を投げた。重い鉛が私の胃の底に今もある。


















