阪神が初めて巨人に歯向かった日…ナベツネの1リーグ制ゴリ押しに「NO」を突きつけた
オーナーの久万俊二郎から「彼を監督にしてやりたい」と言われた星野仙一は、約束を守ってバトンを岡田彰布に渡した。
その1年目のシーズンの2004年6月、球界を揺るがす再編騒動が起きた。
オリックスと近鉄の合併合意発表。パ・リーグが5球団になった。東京のオーナー会議で、議長の渡辺恒雄があごをしゃくった。だれが名付け親か。巨魁・ナベツネである。
「あのさ、もう1ペア(の合併が)あるってさ。なら、10球団なんだな。でさ、1リーグ制でいかんかな」
パは渡辺案に賛成。だが、セは割れ、巨人は「YES」。阪神は「NO」。その時、球団社長で、実行委員会議長の野崎勝義が反対の急先鋒になり、「1リーグ制の欠陥」を説いた。野崎VS巨人の応酬がメディアを賑わせる。
「球団数を減らすとマーケットやパイの減少につながり、球界全体が先細りになる」(野崎)
「うちは2リーグでも1リーグでもどっちだっていいんだ。どっちになっても巨人は困らねえんだから」(渡辺)


















