長嶋茂雄監督のことを「好きなわけない」とキッパリ “空白の一日”から4年後の本音を語った選手
マウイ島の遠い向こうに、日本で見たことがない、ばかでかい夕日が影を落とし始めていた。阪神がキャンプを張るマウイ・メモリアル・スタジアムはすでに練習が終わり、三々五々選手たちが宿舎へ帰って、もう、だれもいないかと、ふと草むらを見たら、ユニホームを着た男がひとりだけで大の字になっていた。
阪神は2年連続で米アリゾナ州で春のキャンプを張り、2年後にはマウイで行った。1983年と翌年の2月の2度である。男が寝転んでいたのは1年目のマウイ。
「あれ、ひとりかいな」
声をかけると、寝転がっていた選手は「なんだか、気持ちがよくなって。一緒にどうです?」と言って横を空けた。ひとり残った選手の帰りを待つ用具係は気を利かせ、遠くへ離れた。なぜか記者も私がひとりだった。どうした偶然だろう。
慣れた?
そらもう4年が経つんですからね。
4年か。しかし、あの時の安芸のキャンプの騒がしさは凄まじいものだったね。


















