「あんたとこの新聞社、頭悪いんとちゃうか」 阪神監督候補の藤村富美男を直撃したら麻雀しながらこう言った
藤村富美男が監督候補に挙がっている。「会うてこい」とデスクの指示が出て、甲子園に走った。
氏が帰らぬ人となったのが1992年5月28日。享年75だったから、その13年ほど前のオフだった。
「還暦過ぎたわしに監督やてか。あんたとこの新聞社、頭悪いんとちゃうか」
いわゆる藤村節である。
めぼしをつけて駆けつけたら、氏はいた。甲子園球場から歩いてすぐの喫茶店。その2階で氏ら4人は麻雀卓を囲んでいた。後藤次男、渡辺省三と喫茶店の店主。店主も元タイガースの選手である。
麻雀の最中に藤村富美男は「何を聞きたい」と言い、私の意中を話すと「ははは、ないわ」と笑った。
確かにガセネタだった。そのオフ、阪神が選んだのはドン・ブレイザーという外国人監督だった。新人の岡田彰布を「彼は腰が高い。まだ(セカンドで)使えない」と言い、ファンや球団の希望を聞き入れず、最後は自宅にカミソリの入った郵便を送られ、シーズン途中で帰国していった。


















