あの新渡戸稲造は「野球はスリの遊戯」と一刀両断…八百長、賭博、薬物を見通した“害毒論争”
「野球は巾着切りの遊戯なり」──。
野球をこう一刀両断に切って捨てたのは、名門一高の校長だった新渡戸稲造。5000円札の顔、といえばお分かりの方が多いだろう。巾着切りとは「スリ」のことである。
1911(明治44)年のことだった。東京朝日新聞が「野球と其(その)害毒」と題した記事で、8月29日から9月22日まで22回連載。新渡戸のくだんのコメントは1回目に載り、衝撃的な内容は野球愛好者との論戦開始の号砲となった。
大学チームが米国遠征するなど当時は野球ブームだった。早大は薄茶色のユニホームの胸にえび茶色のローマ字でWASEDA。噛煙草(かみたばこ)の慶大はマドロスのよう、と攻撃された。「米国帰りは洋風に感化されたようである」「軽薄である」とマスコミが眉をひそめた報道をはじめたのだ。
早慶戦で両校応援団が一触即発となり、中止になったことも背景にあった。「野球はロクなものではない」との世間の批判が盛り上がり、教育的、社会的弊害という恐れから朝日新聞は全国の学校に野球流行のメリット、デメリットに関するアンケートを取った。すると著名学校から激しい非難が集まった。


















