大沢啓二の「悪ガキ伝説」 “最後の夏”に球審をボコしたことで立大への道が開けた
「えっ? おっ? なんでぇ、なんでぇ、ってなもんだったな。このオレが礼拝堂で“反省のお祈り”だとよ。毎日学校に行ってよ、十字を切っていたんだ。信じられないだろうけどな、ホントの話だぜ」
べらんめえ口調でこう言ったのは“親分”こと大沢啓二。日曜朝のテレビの「あっぱれ!」「喝っ!」で人気を取ったご仁である。
神奈川藤沢・片瀬育ちで自称「悪ガキ」。くだんの述懐は1952(昭和27)年、立大に入学して間もないときのことだった。1年生からリーグ戦に出場していたのだが、突然「出場停止」の処分が下った。理由は「高校時代の行状」。まさに「えっ?」だった。
大沢は神奈川県立商工のエース兼主力打者、つまり二刀流として県内で知られた存在だった。優勝候補筆頭に挙げられていた3年時、2度目の夏の甲子園出場を目指していた。ところが、2試合目の逗子開成に0-2で敗退。試合後、トイレで顔を合わせた球審に暴力を振るった。
「ストライクをボールに取りやがって」
不利なジャッジをしたからだというのである。これが翌日の新聞にデカデカと出た。結果、連盟から「野球部の1年間出場停止」処分となった。


















