長嶋茂雄「伝説の天覧試合サヨナラ弾」の陰で何が…阪神監督が試合を見ずに号泣していた壮絶事情
プロ野球の歴史で6月25日といえば、巨人の長嶋茂雄が阪神戦でサヨナラ本塁打を放った天覧試合(後楽園球場)の日である。1959年のこの試合は「近代野球の扉を開いた」といわれる歴史的な一戦として記憶に残る。2年目の長嶋が一気にトップスターに駆け上がった一打でもあった。
実は華やかなドラマに包まれた一夜の中に、もうひとつ“静かなドラマ”が潜んでいた。阪神監督だった日系2世のカイザー田中義雄の生きざまである。長嶋の一撃は多くの日本人が知るところなのだが、この相手監督の名前はほとんど伝えられていない。
「カイザーはね、試合を見ておらんのや。貴賓席の天皇陛下を見たまま。それも涙をボロボロ流しながら。つまりグラウンドを見ていないからサインが出ない。カイザーの涙は彼の人生を表す涙やった」
そう語ったのは、村山実だった。九回裏、長嶋に左翼席に打ち込まれたルーキー投手である。
田中はハワイ生まれの日系2世。眼鏡の名捕手で、「カイザー(皇帝)」と呼ばれた。当時のハワイはドイツに強い関心があり、ドイツの皇帝カイゼルからのニックネームだった。大学卒業後、野球を続けながら高校の理系の教師になった。


















