五木寛之 流されゆく日々
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連載10513回 「心の相続」とはなにか <1>
最近、ふしぎなところから、しきりと講演の依頼がくるようになった。 これまでほとんど縁のなかった分野の業界である。経済団体とか、新聞社・雑誌社の経営セミナーとか、ときには信託銀行などの企業だ。 …
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連載10512回 未知の領域を旅する <4>
(昨日のつづき) 高齢者の特徴の一つは、おおむね無口になることだ。 無表情というのも、よくあるケースである。冗談を言っても笑わない。反応が鈍いというか、われ関せずといった感じである。 また…
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連載10511会 未知の領域を旅する <3>
(昨日のつづき) 年をとった人たちの話には、病気と孫の話題が多いのが定番だと言われている。 たしかに老人同士の会話だと、同病相い哀れむというか、健康問題は共通の話題だろう。 しかし、世代の…
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連載10510回 未知の領域を旅する <2>
(昨日のつづき) 人生百年時代の最大の時期は、やはり何といっても75歳からの25年間だろう。 これまで、古来希ナリとされていたこの25年を、どう生きるか。それが問題なのだ。 そんな歳じゃね…
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連載10509回 未知の領域を旅する <1>
若いころは、知らない国を旅するのが刺戟的だった。 言葉もちがう。習慣もちがう。肌の色もちがうし、マナーもちがう。まったく未知の領域に足を踏みこむスリルがたまらなく楽しかった。 いま、この年に…
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連載10508回 玄冬の門を過ぎて <5>
(昨日のつづき) 以前にこのコラムで書いたことがあると思うが、奇妙な言葉がある。 〈ヒステリア・シベリアーカ〉 というのがそれだ。 いかにも、もっともらしい用語だが、これは誰かが勝…
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連載10507回 玄冬の門を過ぎて <4>
(昨日のつづき) 気持ちが沈んでなんともいえない暗い感じになってくるのを、どう言えばいいのか。 一般に鬱状態などという。憂愁という表現もあるが、少しちがう。 憂は何かはっきりした理由があっ…
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連載10506回 玄冬の門を過ぎて <3>
(昨日のつづき) 高齢化とともに訪れてくるのが、ある種の鬱の状態である。 若い時期にも、しばしば心の不安定な状態はある。むしろ青年期の不安のほうが話題になるくらいだ。 しかし、50歳を過ぎ…
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連載10505回 玄冬の門を過ぎて <2>
(昨日のつづき) 玄冬の季節に入って、なによりも明きらかになってきたのは、<からだ>の問題である。 気力や記憶の衰えは、それほど気にはならない。しかし体の不具合いは、日常の不自由なのだ。 …
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連載10504回 玄冬の門を過ぎて <1>
ようやく86歳になった。 ようやく、というのは、本人も予想もしていなかった年齢なので、はるばるも来つるものかな、という感慨があるのだ。 学生時代は、自分がこの年まで生きようとは、考えてもいな…
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連載10503回 ひさしぶりに柳川へ <4>
(昨日のつづき) 柳川といえば、北原白秋、そして白秋の少年時代の友人であった中島鎮夫のことを思い出さないわけにはいかない。 中島鎮夫はペンネームを白雨といった。 二人の友情がどういうもので…
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連載10502回 ひさしぶりに柳川へ <3>
(昨日のつづき) 柳川といえば、筑後地方でもいささか格上というか、どことなく品の良さを感じるところがある。 「ナントカカントカして下さい」 という依頼の表現に、 「ナントカカントカしてはい…
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連載10501回 ひさしぶりに柳川へ <2>
(昨日のつづき) 翌日は午前10時に起きた。ふだんは午後3時とか4時に目覚めるのが常なので、睡眠不足で意識はモーローだ。 迎えの人に連れられて博多駅へ。新幹線で筑後船小屋まで、あっというまに着…
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連載10500回 ひさしぶりに柳川へ <1>
残暑と豪雨が交互にやってくる夏の終りだ。どうやらまた新しい台風がやってくるらしい。 もう何十年も前に大騒ぎされた地球温暖化と環境異変が、ようやく現実味をおびて立ち現れてきた。 たぶん、これか…
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連載10499回 口笛を吹きつつ夜を <4>
(昨日のつづき) きょうは、このタイトルとちょっと離れた話を書く。 古い蔵書を整理していたら『回廊での立ち話し』という対談集がでてきた。 1970年代末に実業之日本社から出した古い本である…
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連載10498回 口笛を吹きつつ夜を <3>
(昨日のつづき) ふり返ってみると、この半世紀以上いろんな雑文を書き殴ってきた。放言、独言も多い。そんな自分の仕事の足跡を、私はこれまでほとんど振返ってみたことがない。<その時 その場所で>という…
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連載10497回 口笛を吹きつつ夜を <2>
(昨日のつづき) 夜中に口笛を吹いてはいけない、とは、子供のころによく言われたことだった。 「なぜ?」 ときき返すと、いけないものはいけない、と怖い顔をしてにらまれた。 いけないと言われ…
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連載10496甲回 口笛を吹きつつ夜を <1>
かつて、と言っても1950年代、イギリスにAngry Young Menと呼ばれた作家たちが登場した。 コリン・ウィルソンやアラン・シリトーらの一群だが、ジョン・オズボーンの戯曲『怒りをこめてふ…
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連載10495回 痛みについて考える <5>
(昨日のつづき) 痛む脚を引きずりながら帝国ホテルへ。 きょうは集英社の『小説すばる新人賞』の選考会に出なければならない。 右手に提げた候補作の束が、やたらと重い。なにしろ500枚前後の作…
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連載10494回 痛みについて考える <4>
(昨日のつづき) 半場道子さんの『痛みのサイエンス』(新潮選書)の第一章は、痛みの歴史から始まる。 ギリシャ・ローマの話から『ガリヴァー旅行記』、そして『三国志演義』に見る痛みと、痛みの展望が…